第十章 デジタル家電――iPodの衝撃
▼家電の急速な台頭
再び、一九九〇年代後半の日本へと戻ろう。
TRONが敗退し、ウィンテル帝国に苦汁を嘗めさせられた日本政府は、二つの方向に戦略を採った――と私は第八章の冒頭で書いた。そのひとつが、先に述べたオープンソース戦略だった。
そして第二の戦略が、情報家電をパソコンに替わって普及させようという戦略だったのである。
世紀をまたぐころから、この戦略は現実味を帯びて進み始めた。パソコン市場が飽和状態となり売れ行きが落ちていく一方で、情報社会の中心を司るハードウェアとして、家電が復活してきたからである。
その流れは、二〇〇二年にさらに加速した。
この年、パソコンの凋落が劇的に始まっていた。二〇〇二年の日本国内でのパソコン販売額は約三千百八十億円(日本電気大型店協会まとめ)で、前年の二一パーセント減にとどまった。パソコンがどんどん価格破壊を起こし、そのうえ普及のクリティカルマス(臨界点)を突破してしまって成長の限界に来ていたのだった。かつては最先端のデジタル機器だったパソコンが、単なる日用品になってしまったのである。
一方でテレビに関しては、二〇〇二年の販売台数は前年を上回った。九〇年代までは「すっかり古くなってしまった安い日用品」と見られていたテレビが、最先端の売れ筋商品として復活し始めたのである。その背景には、テレビという商品がふたつの局面から進化を遂げようとしていることがあった。ひとつがデジタルテレビ化であり、そしてもうひとつがインターネットと融合し、家庭におけるネットの玄関口――つまりインターネットのゲートウェイとしての役割を持とうとし始めたことだった。つまりはテレビの「情報家電」化である。
このころから、映像や音楽などでマルチメディア化していくインターネットの将来はパソコンではなく、家電によって担われるのではないかと考えられるようになっていた。
なぜ家電が急速に台頭してきたのだろうか。
その最大の理由は、テレビと人との「距離」の問題だ。パソコンはもともと、個人で利用する目的で作られている。机の上に置いてイスに座って利用し、顔から三十センチ先に画面がある。二メートル先に画面があるテレビと比べれば、映画を観るのには不向きなのは間違いない。それに対し、テレビは多人数で楽しむのがもともとの姿だった。一九八〇年代以降の「個」の時代には、各部屋に一台ずつと言われていたが、テレビが液晶化され、大画面になっていく中で、ふたたびテレビを居間で皆で楽しむというモデルが見直されるようになった。
そんな潮流の中で、日本の家電業界はテレビが家庭内のすべての家電を結びつけ、インターネットとつなぐハブの役割を持つようになるのではないかと考えたのだ。
そしてその将来モデルには、パソコンの入る余地はないと思われた。
この時期、日本のIT業界がイメージしていた情報家電の世界とは、どのようなものだったのだろうか。私がこの年、ある週刊誌に書いた未来像をこころみに紹介してみよう。それはこんな内容だ。
ある通勤途中の朝、帰宅してから夜に見ようと思っていた番組の予約録画をするのを忘れていたのを思い出す。駅のホームで携帯電話を取り出して、インターネット経由で自宅のレコーダーにつなぎ、予約録画をセット。会社に到着し、会議に出席しようとして今度は自宅の資料が必要なことに気づく。会社のパソコンから自宅のホームサーバーに接続し、電子化されている資料を取り出して印刷した。
さて、まだ会議までちょっと時間がありそう。昨日の日曜日、家族で遊びに行った遊園地の映像をちょっと見てみよう。今度は会議室の大型テレビに向かい、リモコンを操作して自宅のデジタルビデオカメラを呼び出す。自宅に置いてあるビデオカメラは家庭内無線でインターネットに接続されているから、外からでも自由自在に接続できるのだ。
自宅では、妻がインターネット対応冷蔵庫のドアにつけられた掲示板にマーカーで『みんな、今日はレストランに出かけない?』と書き込む。書き込みの文字はそのままインターネット経由で転送されて、夫と娘の携帯電話の画面に自動表示されるのだ。帰りに駅前で待ち合わせ、レストランへ。ついでにスーパーで買い物をしていこう。携帯電話から自宅の冷蔵庫を呼び出す。最近の商品にはすべて、アンテナを内蔵した「無線タグ」と呼ばれる超小型ICが貼り付けられている。この無線タグのデータを冷蔵庫が読みとり、在庫や賞味期限などを自動的にチェック。必要な買い物は携帯電話で確認できてしまうのだ。
帰宅して娘を寝かせつけると、今夜は夫婦水入らずでゆっくり映画を楽しみたい。映画配信サービスのホームページにアクセスして数万本も用意されている中から観たい映画を選び、インターネット経由でダウンロードしてその場で観ることができる。居間の壁に設置してある大画面のプラズマディスプレーに、映画のタイトルが静かに浮かび上がってきた――。
もしこうした将来像が現実になるとすれば、それは日本のIT業界にとって千載一遇のチャンスと思われたのだった。
この時期、私の取材に応じた家電業界担当のアナリストは、こんな風に話した。
「日本はパソコンでは苦杯をなめさせられたとはいえ、家電の世界では依然としてきわめて高い国際競争力を誇っている。その土俵にマイクロソフトを引きずり込んで戦えば、勝利を収めることは決して不可能ではないと思う。一方でマイクロソフトもゲーム機のXboxを発売するなど、さまざまな戦略を矢継ぎ早に打ち出し、家電業界をも飲み込んでしまおうと必死になっている。マイクロソフトの〝野望〟が実現してしまえば、日本のIT業界は未来永劫に浮上できなくなってしまうという恐怖もある」
この年、日本のIT業界にとって幸運だったことに、マイクロソフト側の〝敵失〟もあった。同社が家電業界に参入する足がかりとして、満を持して発売した次世代ゲーム機「Xbox」がうまく離陸できなかったのである。同社は先行きが怪しくなってきたパソコンに代わり、このゲーム機を家庭内ネットワークの中心になる製品として大々的に発表。しかしソニーの「プレイステーション2」が二〇〇三年初めまでに累計で五千万台、任天堂のゲームキューブが一千万台を売ったのに比べ、Xboxは八百万台に終わった。
この時点では、日本のIT業界がマイクロソフトを凌駕し、パソコン時代になめた苦杯を巻き返すことは十分に可能なように思えたのである。
「ネットvs.リアルの衝突―誰がウェブ2.0を制するか」(佐々木俊尚)
編注:佐々木俊尚氏と文春新書の協力を得て、「ネットvs.リアルの衝突―誰がウェブ2.0を制するか」の原稿の一部を掲載いたします。(湯川)
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