トップページ佐々木俊尚氏著書第七章 標準化戦争――三度の敗戦

第七章 標準化戦争――三度の敗戦

▼「囲い込み」を追う

 Winnyはパンドラの箱を開け、その結果、国家から排除される結果となった。
 一方で別のフィールドでは、コンピュータテクノロジが国家に囲い込まれつつある。排除と囲い込みが、テクノロジと対峙する国家の二方面戦略なのだ。
 囲い込みは、いまやあらゆる分野で行われている。
 その囲い込みの実態を、私は追った。

Photo_9▼世界最先端のブロードバンド普及

「ブロードバンドで日本は世界一になり、携帯電話の利用度でも世界一になっている。ブログを書いている人の数、書かれているエントリーの数なども世界トップクラスだし、SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)の利用者もきわめて多い。そのうえ日本はインターネットの基盤となる要素技術の分野でも、きわめて高い技術力を誇っている。それなのに日本は、グーグルやヤフーを生み出せなかった」
 経済産業省の情報経済企画調査官、八尋俊英はそう話す。
 たしかにこの五年間、日本はインフラの面ではインターネットの世界最先端を走ってきたと言えるだろう。
 日本のブロードバンドの普及は、この間に急激に進んだ。二〇〇〇年初頭にわずか二百十一世帯しか加入がなかったブロードバンド――二百十一万の誤記ではない、本当に二百十一世帯しかなかったのだ――は、約二千四百万世帯にまで達している(二〇〇六年六月末、総務省の統計)。つまりは一万倍に伸びたのである。
 このうち「超高速」と呼ばれる光ファイバーの契約数も約六百三十万世帯にまでなり、二〇〇一年に政府が発表したe-Japan戦略で「二〇〇五年までに光ファイバーなどの超高速通信網を一〇〇〇万世帯、ADSLなどの高速通信回線を三〇〇〇万世帯に普及させる」という目標は、かなりの部分まで実現したと言って良いだろう。
「日本と韓国は他国と比べ、ADSLの速度がきわめて速い。海外で『日本では一〇〇メガビットの光ファイバーを数千円で引くことができる』 という話をしたら、 信じてもらえなかった」
 ブロードバンドの普及度での日本の優位が揺るぎないものになりつつあった二〇〇三年夏、総務省情報通信政策局の稲田修一技術政策課長(当時)は、日刊工業新聞主催のシンポジウムでそう胸を張った。実際、アメリカでは当時はブロードバンドがまだほとんど普及していなかった。現在も低速のADSLが中心で、光ファイバーを一般民家に引くというサービス自体が存在していない。
 しかしその一方で、そうやって普及したブロードバンドをどう活用するのかという局面においては、日本は先進諸国に遅れをとっているのが実情だ。たとえばダボス会議で有名な世界経済フォーラムの「二〇〇五年世界IT報告書」によれば、インターネットなどを活用したネットワークへの対応度を示す指数で、日本は十六位に甘んじている。
 上位十五位は、次のようなランキングになっている。

 1 アメリカ合衆国
 2 シンガポール
 3 デンマーク
 4 アイスランド
 5 フィンランド
 6 カナダ
 7 台湾
 8 スウェーデン
 9 スイス
 10 イギリス
 11 香港
 12 オランダ
 13 ノルウェー
 14 韓国
 15 オーストラリア

 十七位以下はドイツ、オーストリア、イスラエル、アイルランドと続く。いずれにせよ日本はアジア圏の中でも台湾や香港、韓国に遅れをとってしまっているのである。
 別の総務省幹部は二〇〇三年ごろ、私の取材に対してこうぼやいたことがある。
「高速道路が整備されているが、車が走っていないのと同じだ」
 ブロードバンドインフラは整備されているものの、それをどう利用すればいいのか誰も分かっていない。この幹部は、そんな現状を自省も含めて皮肉ったのだった。
 だが二〇〇三年というこの時期は、それでもまだ牧歌的な時代でもあった。
 この年の夏、私は政府のIT戦略を取材するために多くの官僚と会った。
 そのひとり、政府内閣官房IT担当室の関啓一郎・内閣参事官(当時)は、私に対して次のように話した。
「インフラの整備の段階は過ぎて、ITをもっと使ってもらう方向に目を向ける時期に来ている。高速道路を片道二車線で作ったが、車を走らせないと、メンテナンスもできなくて道路がつぶれてしまうかもしれない。しかし車が増えれば、二車線がやがて四車線になり、投資も増えて企業も便利になり、最終的には国民全体が利益を受けることができる」
 小泉改革の成果がまだ顕在化していないころでもあり、不況の脱出口はまだ見えないまま、黒雲が日本経済を覆っていた。日本経済の落ち込みはとどまるところを知らず、政府の施策はことごとく灰燼に帰した。打開策の見えない状況が続いていたのだ。
 そんな五里霧中の状況の中で、日本のブロードバンドが圧倒的な勢いで普及し、世界最先端に躍り出たことは、奇跡のようでもあったのだった。
 その奇跡に対し、IT業界を管轄する総務省や経産省は大きな期待を賭けたのである。「IT化」という言葉にすがりつけば、将来の展望が明るく開けるのではないか。頑張って峠を越えれば、その先には輝く青い海が広がっているのではないか――そんな思いが官僚の中にもあったのだ。

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「ネットvs.リアルの衝突―誰がウェブ2.0を制するか」(佐々木俊尚)

編注:佐々木俊尚氏と文春新書の協力を得て、「ネットvs.リアルの衝突―誰がウェブ2.0を制するか」の原稿の一部を掲載いたします。(湯川)

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