第五章 逮捕――「ガリレオの地動説だ」
▼逮捕に対する激しい非難
金子被告は、Freenetの影響を受けてWinnyの開発をスタートさせた。
Freenetは、六〇年代から綿々と続くコンピュータ文化の哲学を、色濃く反映している。コンピュータネットワークの世界は自由であり、国家や企業の介入は受けないという哲学だ。
金子被告は、Freenetがバックグラウンドとしていたそれら思想潮流の影響も受けていたのだろうか。
彼が2ちゃんねるで書いた著作権システムへの挑発的な言動やFreenetへのリスペクトからは、彼がアメリカのバーロウやブランドと同じように、コンピュータ文化の自由の確立へと邁進しようとしていたのは、明らかなように思える。
しかしその思想性は、警察当局をいたく刺激した。
家宅捜索の日、金子被告が「著作権を侵害する行為を蔓延させて、著作権を変えるのが目的だったんです」と述べたのに対して京都府警の捜査官たちはひどく動揺した。そして彼のその発言が、最終的に強制捜査の引き金となったとみられている。
その意味で、金子被告はある種の「思想犯」だったと言えるかもしれない。
金子被告が最終的に京都府警によって逮捕されたのは、二〇〇四年五月十日のことだった。
逮捕容疑は、著作権法の公衆送信権侵害。逮捕事実は次のようなものである。
「二〇〇二年五月ごろ、従来のファイル交換ソフトよりも匿名性を高めようとWinnyを開発し、自分のホームページで無料公開した。これによって二〇〇三年九月、群馬県高崎市の自営業者(四十一歳)と愛媛県松山市の無職少年(十九歳)がそれぞれ映画、ゲームなどのコンテンツをWinnyネットワーク上に公開したのを手助けした」
京都府警生活安全企画課の阿波拓洋課長は府警本部で記者会見し、「容疑者は警察の捜査を免れるためのソフトを開発し、社会に著作権侵害を蔓延させようとした」と金子被告を非難した。そして逮捕された金子被告について、「結果的に自分の行為が法律にぶつかってしまうので逮捕されても仕方ない」と供述していると説明したのである。
しかしこの逮捕に対しては、ソフトウェア技術者やインターネット社会、法曹界などから激しい非難が巻き起こった。
当時、私はこの事件にからんで何人かの識者や法曹関係者に取材した。
そのひとり、著作権問題の専門家である小倉秀夫弁護士は、次のように話した。
「この事件を理論的に考えれば、金子助手が処罰されるのはおかしいのではないかと思う。
情報通信サービスにおいて、誰が情報を送信したのかを明らかにしなければならないというルールは今のところ存在しない。逆に、原則としては情報の発信者の匿名性を守らなければならないというのが原則となっている。
Winnyに匿名性が備わっていることについて、著作権侵害を隠蔽させる意図があったのではないかという指摘もあるようだが、通信の匿名性の原則を考えれば、匿名性があるがゆえに違法な意図があると断じて良いのか。大きな疑問だ。たとえばNTTは通信の秘密の理由で利用者の匿名を保っているが、NTTは決して権利侵害の意図でそうしているわけではないだろう。
またP2Pファイル交換ソフトに限らず、普通の市民が検閲を受けることなしに不特定多数にデータを送信するというシステムには一定の需要がある。そういうシステムを開発すること自体は悪ではないとすれば、そのシステム上を流れる情報が適法か違法かは、システム開発者の側には峻別のしようがない。ソフトを作っただけでは、利用者をコントロールできるわけではないからだ。
また金子助手はネット掲示板などで著作権を侵害させる意図の書き込みをしていたという指摘もある。これに関しては、幇助という概念をどうとらえるかという問題になる。特定の犯行に向けられたものではなく、単に不特定多数に汎用的な利便をもたらしたものが幇助になるのかどうか。たとえば時速二百キロ近くもの速度を出すことができる自動車を作っているメーカーは、それだけの速度を出せばユーザーが道交法違反になることを知っていて車を作っている。これは道交法違反の幇助になるだろうか。たぶん『幇助には当たらない』と考えるのが当然だと思うが、ではそれはWinnyとはどう違うのか。
そうした点を考えていけば、理念的には金子助手を処罰するのはたいへん問題があると思う」
この小倉弁護士の意見は、私が取材した多くの法曹関係者の意見を代弁しているように思われた。つまり「包丁は料理に使うことも、あるいは人を殺すこともできる。しかし殺人の道具になるからといって、包丁を作った職人は罪に問われるだろうか?」という論理だ。
これは専門家によっても、意見が分かれた。小倉弁護士のような指摘もあれば、
「Winnyに著作権侵害以外の有用な使い道があるのであれば、確かにWinnyは包丁と同等で、著作権侵害の幇助にはならない。しかし匿名性を持っていたことによって、Winnyが著作権侵害の目的のためだけに開発されていたということであれば、包丁と同等にはならない」
と指摘する専門家もいた。
「ネットvs.リアルの衝突―誰がウェブ2.0を制するか」(佐々木俊尚)
編注:佐々木俊尚氏と文春新書の協力を得て、「ネットvs.リアルの衝突―誰がウェブ2.0を制するか」の原稿の一部を掲載いたします。(湯川)
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