第一章 Winny―「私の革命は成功した」
二〇〇三年十一月二十七日。
東京都文京区の東大近くにあるマンションの一室で、刑事と東大の研究者が向き合っていた。
刑事は、京都府警生活安全企画課ハイテク犯罪対策室に勤務するK警部補。一九八〇年に拝命し、生活経済課から防犯特捜隊(生活安全特捜隊)と渡り歩いてきた生安畑のベテラン捜査官である。
京都府警はこの日、ファイル交換ソフト「Winny」を使って映画やゲームなどのファイルを違法に公開していた男二人を、著作権法違反(公衆送信権侵害)の容疑で逮捕した。
逮捕されたのは、群馬県高崎市の自営業の男性(当時四十一歳)と、愛媛県松山市の無職の少年(当時十九歳)の二人である。自営業者はアメリカ映画「ビューティフル・マインド」を、無職少年はゲーム「スーパーマリオアドバンス」のファイルをWinnyのネットワークに放出し、誰でも閲覧できるようにしていた。この行為が著作権法違反に問われたのだ。WinnyはP2Pファイル交換と呼ばれる種類のソフトで、利用者は音楽や映像、音声、文書などあらゆるファイルを、同じWinnyを使っている不特定多数の利用者と交換することができる。利用者は数十万人規模に達し、かねてから著作権団体は「Winnyは著作権侵害の温床になっている」と警告していた。京都府警は、こうした声を受けて利用者の摘発に踏み切ったのである。
逮捕と同時に、府警は関係箇所の家宅捜索に入った。そのひとつが、当時東京大学に特任助手として勤めていたWinnyの開発者――金子勇被告(三十六歳)の自宅マンションだったのだ。目的はWinnyのプログラムのソースコードを押収し、ネットに音楽や映像などのファイルを放出する、いわゆる公衆送信機能があるかどうかを確認するためである。当時はWinnyが内部でどのように動作するのかは明らかにされておらず、その検証を行う必要があると捜査当局は考えていた。
マンションを訪れたK警部補は、応対に出た金子被告に捜索令状を示し、室内に入った。プログラムに詳しい警察庁の技官二人と、警察庁近畿管区警察局京都府情報通信部の技官一人、それに写真撮影担当のA捜査官が同行している。
金子被告は後に法廷で、この時のことを聞かれ、「技術的協力を求められることがあるのではないかと思っていた」と証言している。「著作権侵害の認識はあったのか?」という弁護士の質問に対しては、「(Winnyによる)著作権侵害はどうにかしようと思っていた。でも(家宅捜索の段階では)根本的な解決方法は思いついていなかった」と答えている。
捜査官らが家宅捜索に入ったとき、金子被告の自室内には数台のパソコンがあった。
K警部補は金子被告に聞いた。
「どのパソコンでWinnyを開発しているのか」
金子被告は、ベッドの側にあったパソコンを指して「これです」と答え、みずから電源を入れた。群馬県にあるソルダムという企業が作っている「Windy」という製品である。ケース表面の仕上げがきわめて美しく、マニアの間に人気の高いパソコンとして知られている。
パソコンの前に座って画面を見ながら、K捜査官は「Winnyのプログラムソースはどこ?」と再び聞く。横から金子被告が手をさしのべ、マウスを操作してソースの場所を表示させた。
画面上には、実行ファイルのソースも表示されている。「これまでに配布した古いバージョンのバックアップも残してあるんですか?」とK捜査官が重ねて聞くと、金子被告は「はい、今までバージョンアップしたものはすべて残してありますよ」と答え、マウスで操作してそれらのソースも画面に出した。
替わって技官がパソコンの前に座り、ソースをコンパイル(プログラムソースをパソコン上で実行可能な形式に変換する作業)し、実行ファイルが生成されることを確認した。
写真撮影をしていたA捜査官が、
「君は2ちゃんねらーなのか?」
と何気なく金子被告に聞いた。
「金子被告はその質問に相当プライドを傷つけられたというか、むっとした様子だった」(K捜査官)という。K捜査官は取りなすように、金子被告に対して、
「君は2ちゃんねらーから神のように思われているんだな」
と話しかけた。金子被告は、
「あいつらは使うだけの人間ですから」
と答えたという。K捜査官は後に金子被告の公判で検察側証人に立ち、「私は2ちゃんねらーと金子被告は仲がいいと思っていたのですが、少し見立てが違っていたようでした」とその時の感想を語っている。もっともこの証言に対して、金子被告本人は法廷の被告人質問で「そういうことは絶対に言っていません」と否定しており、真相はわからない。
「ネットvs.リアルの衝突―誰がウェブ2.0を制するか」(佐々木俊尚)
編注:佐々木俊尚氏と文春新書の協力を得て、「ネットvs.リアルの衝突―誰がウェブ2.0を制するか」の原稿の一部を掲載いたします。(湯川)
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