トップページ湯川鶴章著書第3章 セカンドライフという衝撃

第3章 セカンドライフという衝撃

▼全豪オープンテニスに参戦!?
「そう、そのあたり。そこで座ってみてごらん」。
それまで少し離れたところで世界的に有名なテニスの試合、全豪オープンテニスを観戦していたわたしは、案内役のブラッドに言われる通り、テニスコートの中に入り、金髪の女子プレーヤーの立っていた辺りの地面に腰をかけた。

Socialmediaすると自分の視界が急に変わった。自分のところにボールがビュンビュン飛んでき始めたのだ。まるで自分がテニスプレーヤーになり全豪オープンを戦っているような気になってきた。こっこれはすごい!すご過ぎる!
お断りしておくが、わたしはオーストラリアには行ったことはない。テニスだってろくにできない運動オンチだ。これはすべて、インターネット上の仮想空間セカンドライフの中での話なのだ。
わたしは日本IBMの広報を通して、オーストラリアに住むIBMの社員に案内役をお願いしていた。待ち合わせの場所はIBMの「島」。IBMと入力すると、IBMの施設のリストが現れる。そのうちの1つを選び、「テレポート」というボタンを押す。そうするとSF映画のテレポートの際の効果音のような音が聞こえ、一瞬で目的地にテレポートされていた。
現れた案内役は、ブラッド・カセルさんというメルボルン在住の米国人エンジニア。アバターは帽子をかぶりテニスラケットを手に持っている。セカンドライフ内での会話は、すべてテキストチャット。文章で行うようになっている。今回は取材の時間が限られているので、オーストラリアに住むブラッドとは電話をスピーカーホンにして、実際に会話しながら案内してもらうことにした。
案内されたのはテニスコートのあるドーム型のスポーツ施設。ロッド・レバー・アリーナというメルボルンに実際に存在する競技場そっくりに再現したという。
目の前ではテニスの試合が行われている。少し前に開催された全豪オープンを再現したものだと言う。再現?どういう意味なのだろう。
ブラッドによると、実際にロッド・レバー・アリーナに「ホークアイ」と呼ばれるレーダーを設置し、ボールの軌道をミリ単位で認識して記憶。そのデータをコンピューターで処理しセカンドライフに作ったテニスコートの上でボールの軌道をそっくりそのまま再現したのだという。コンピューター処理にかかる時間は1秒足らず。オーストラリア・オープンの期間中は、すべての試合をこの方法でほとんどリアルタイムで再現したのだという。
選手のアバターはボールの軌道に合わせて自動的に動くようにプログラムされている。ボールが右にくればアバターも右に動いてボールを打ち返す、というようになっているわけだ。ただ打ち返すのは、毎回同じスイング。実際の試合では選手がバックハンドで打ち返したとしても残念ながら選手のアバターはバックハンドで打ち返すようには設定されていない。またアバターは選手そっくりに作られているわけではない。スポーツ選手は肖像権の問題がややこしいので、あえて選手そっくりのアバターを作らなかったという。

▼リアルな体験、リアルを超えた体験
わたしが取材したのは全豪オープンが終わった翌日。目の前で繰り広げられていた試合はリアルタイムではなく、トーナメントの期間中のある試合の再現だそうだ。ボールの軌道は忠実な再現なのだが、ボールの速度を半分に減速してあるので、わたしのような素人にもボールの軌道がよく見えるようになっていた。
自分自身がコートの中に入り、実際にボールを打ち返しているような感覚をひとしきり楽しんだ後、ブラッドにこの施設周辺を案内してもらうことにした。
ブラッドがどこかのボタンを押したのだろう。ドームの天井が真ん中からゆっくりと開き、青空が見え始めた。「さあ、行こう」、ブラッドのアバターが宙に浮き、天井のすき間から外に飛び出した。ちょっと、待ってよ。慌ててわたしも「fly」ボタンを押して、ゆっくりと浮かび上がった。セカンドライフでは、人は空を飛べるのだ。
再び地面に降り立ってからはブラッドに案内されるまま、ドーム周辺を歩いて回った。
「この公園はメルボルンパークといって、この噴水の部分を上からみればボールの形をしているんだ」。そうなんだ。それならあとで飛んで、上空から見てみよう。こうした部分まで、本物そっくりに作ってあるわけで、ちょっとした旅行気分だ。そよ風の音が聞こえてくる。そよ風で、木々が少し揺れている。なんだかゆったりした気分になるから不思議だ。
公園からドーム沿いにさらに歩いていくと、売店があった。売店の壁には、全豪オープンの記念Tシャツを着た女性のポスターが張ってある。「ポスターの上をクリックしてごらん」と言うのでそうすると、同じTシャツが自分の「インベントリー(持ち物リスト)」の中に加えられた。「着る」のボタンを押すと、さっそく身につけることができた。
ブラッドのほうを見ると、彼の肩にはボールのような、小動物のようなものが乗っていて、ピョコピョコ動いている。「ボールの形をした仮想ペットなんだ」。うーん、よくわからない……。
ブラッドによると、ロッド・レバー・アリーナ周辺施設は、オーストラリアテニス協会がテニス振興を目的にIBMに製作を依頼した。IBMの数人のプログラマーが数週間かかって仕上げたという。
このプロジェクトの完成後、IBMは実にさまざまな企業から多くの製作依頼を受けているという。その数ざっと200社。中には銀行、旅行会社、クレジットカード会社なども含まれているという。今後さらに面白い施設や仕組みがセカンドライフの中に登場してくるだろう。

▼IBMの「Vビジネス」
全豪オープンテニス以外にもIBMが手がけたプロジェクトがあるというので、ブラッドと別れたあと、IBMの島を見てまわることにした。
米国在住時代によく見かけた有名デパート「シアーズ」の看板があったので、近寄ってみた。どうやら看板をクリックすればシアーズへテレポートできるらしい。
テレポートすると、なつかしいシアーズのロゴのついたビルが目の前に現れた。3階建ての仮装店舗らしい。家庭用電化製品のフロアに入ってみた。冷蔵庫、洗濯機などの電化製品が展示されている。ところ狭しと製品が並ぶ実際の店舗と違って、シアーズ・セカンドライフ店では、並んである家電製品はそう多くない。冷蔵庫の扉をクリックすると、扉が開いた。なかなかおもしろい作りだ。キッチンのコーナーでは流し台が展示されてある。こちらはクリック1つで流し台の色や、材質が変わる仕組みになっているようだ。
音響機器のコーナーに移動する。ソファの前には大きなポスターが張ってある。音響機器を配置してホームシアターを実現している部屋が大きく写されている。試しにポスターをクリックすると、一瞬で画面が変わった。今まで見ていたポスターの中にあった家具が目の前にある。どうやらポスターの中の世界に入り込んだようだ。まるで「不思議の国のアリス」の主人公になったような不思議な感覚だ。
セカンドライフのユーザーの中には、臨場感を高めるために大きなモニタに買い換える人がいるが、確かに大きな画面で見れば自分がポスターの中の世界の中に飛び込んだような感覚になるかもしれない。
IBMによると、最終的には消費者が自分の家の部屋の大きさや既に所有する家具の大きさの数字を入力し、その中で家具や家電製品を自由に並べ替えることができるようにする計画だ。またその場で製品を注文すれば、自宅近くのシアーズから製品が配送されるようにもしたいという。
インターネットの商業利用が始まったころにIBMは「eビジネス戦略」というものを掲げ、顧客企業のホームページやeコマースサイトの構築に力を注いだ。それがこのところIBMの関係者は「eビジネス」に代わって「Vビジネス」という表現をよく使う。つまりバーチャルリアリティ(仮想現実)事業ということだ。
IBMは2006年末に「IBMが考える、“今後5年間に生活を一変させる5つのイノベーション”」という資料を発表した。その5つのイノベーションのうちの1つが「vビジネス」としている。その部分を引用しよう。

★引用=2字下げもしくは罫囲み初め★新たな体験を引き起こす3次元インターネット
DARPA、AOL、プロディジーなどの初期の活動がWorld Wide Webへと発展したのと同じように、「Second Life」や「World of Warcraft」など人気の高いオンライン・ゲームをはじめとする没入型のインターネット・サイトが、3次元インターネットへと進化していきます。このような没入型のオンラインの世界では、スーパーマーケット、書店、DVDショップの中を歩いていると、地元にある現実世界の店舗ではめったに見かけないその道の専門家に出会うことになるでしょう。3次元インターネットの世界では、新しいタイプの教育、遠隔医療、消費者体験が可能になり、友人、家族、医師、先生、お気に入りの店などとの付き合い方が変わっていきます。★引用終わり★

IBMは、2007年から3次元インターネットを専門とする部署を新設したが、その発表はセカンドライフ内に再現された中国の紫禁城でサミュエル・パルミサーノ社長そっくりのアバターで行った。パルサミーノ社長は、社内の合同討論会で中国入りしており、討論会で発表すると同時にセカンドライフ上でも発表したわけだ。
IBMが今後取り組む分野は3つ。1つは、仮想店舗の3D化と企業に対する3Dソリューションの提案だ。企業が直面する問題の中で、3D化することで解決可能な問題があれば、ソリューションとして提案していくわけだ。
2つ目は、共同作業と教育の分野での3D技術の利用だ。電話や文字チャットに加え3次元空間でやり取りしたほうが効率的な作業分野があるはずで、その分野にいち早く取り組もうということだ。教育もそうだ。自動車教習所でも実際に自動車のシミュレーターを取り入れているところがあるが、いろいろな教育の分野で3Dを利用していこうという考えだ。
3つ目は、IBM1社だけではなくテクノロジーコミュニティーとともに、いろいろな3D技術の試行錯誤を続けることだという。プログラミングの成果物を世界中のプログラマーと共有し合うオープンソースという運動があるが、オープンソースの考え方に共感する技術者にIBMとしても協力して、あたらしい技術のフロンティアを開拓していきたい、ということらしい。
発表文の中で、IBMのチーフ・テクノロジストのアービン・ウラダスキー・バーガー氏は、「コマースと共同作業は、すぐにでも仮想世界の技術を利用できる分野。このほかにも教育、医療など多くの分野でこの技術は利用可能だと考えている」と語っている。
当面はセカンドライフの中で試行錯誤を続けるが、将来はオープンソースの技術者コミュニティーと協力しながら3Dインターネットという次世代のウェブの開発に取り組む戦略だとしている。

▼ニュービジネスの草刈り場?
セカンドライフ内で経済活動を展開しているのは、IBMだけではない。
最初に参入したのは、若者向け衣料品メーカーのアメリカン・アパレル社。現実社会の実際の店舗そっくりのブティックをセカンドライフ内に2006年5月にオープンさせた。この仮想ブティックの中には、現実社会の店舗で実際に販売されている製品そっくりの仮想の洋服が並べられ、アバターはそれを購入し、身につけることができる。
またこの仮想ブティックからアメリカン・アパレル社のインターネット上のホームページに簡単にジャンプすることも可能。仮想洋服と同じ形の現実の洋服をネット通販を通じて実際に購入できるようになっている。
米国日産も、セカンドライフでのプロモーションを始めている。米国日産は「サニー」の米国仕様車「セントラ」を、日本の日産が「サニー」の名称の自動車の販売を中止したあとも、モデルチャンジを続け販売している。その「セントラ」の最新モデルと同じデザインの仮想自動車をプログラミングで作成し、セカンドライフ内で希望者全員に配布している。アバターはその仮想自動車に乗り、運転することが可能。米国日産は、セカンドライフ内にレーシングコースを設け、アバターの運転するセントラが自由に走り回れるようにしている。
シェラトンやウエスティンなどの著名ホテルを傘下に持つ米スターウッド・ホテルズは現実社会で2008年に新ブランドのホテル「アロフト」第1号店をオープンさせる予定だが、現実社会に先駆けてセカンドライフ内に仮想ホテル「アロフト」を昨年9月にオープンさせた。
ホテルの設計だけでなく立地している港の様子までを現実社会の第1号店そっくりに作り上げた仮想ホテルで、「建設」を受け持ったコンピューターグラフィックス業者は「建設」過程をブログで公開。PR効果に加えて、セカンドライフユーザーからのフィードバックを得るという効果があったようだ。
英国の報道機関大手ロイター通信は、昨年10月からセカンドライフ内に支局を設け、一人の記者を常駐させている。現実社会のニュースをセカンドライフ支局内で表示する一方で、セカンドライフ内のニュースをネット上で現実社会向けに配信している。
企業がセカンドライフ内で開く記者会見に対応するのが目的の1つのようで、大手企業の社長をアバターを記者のアバターがインタビューするといった光景をセカンドライフ内で見ることができる。
日本企業もセカンドライフに高い関心を寄せているようで、インターネット広告大手のDACが2007年1月にセカンドライフ進出企業向け支援事業に乗り出したと発表した直後に、実にさまざまな企業からの問い合わせが殺到したという。
企業の進出ラッシュが続いているセカンドライフだが、どちらかといえば今はまだ話題先行の感が否めない。しかしセカンドライフの醍醐味は、やはり個人のクリエイティビティの発揮にある。

▼仮想空間のロックフェラー
セカンドライフの中で最も有名な個人といえば、「アンシェ・チャン」だろう。セクシーなチャイナドレスをまとい、腰まであるような美しい黒髪を持つアジア系の女性だ。もちろんセカンドライフ内のアバターの話だ。
このアバターを動かしているのは、アイリーン・グリーフさんという名前の中国系の女性。長年ドイツに居住し、そこで英語や中国語の教師として生活していたが、セカンドライフに関連する会社を中国の湖北省で2006年1月に設立したのに伴い、最近は夫と一緒に中国に戻ったようだ。米国の報道機関が撮った写真を見ると、アバターの派手なイメージとは裏腹に、実物はどちらかといえば地味な感じだ。米紙の取材に対して、1973年生まれだと答えている。
彼女こそが、わずか10ドルの元手を32ヶ月で100万ドルにしたと発表して話題になった人物である。
アンシェ・チャンは、セカンドライフに入会した当初は、コンパニオンのようなことをして小銭を稼いでいたという話だが、その後、セカンドライフ内の不動産事業に手を出し、大きな富を得ることになる。事業の内容は実社会でのそれとほとんど同じで、大きな土地をリンデン社から直接買ったり、オークションで入札して購入する。それを区分けして分譲したり、建物を立てて販売するのだ。さらに、ショッピングセンターを建てて、テナントを募集するなどといった業務も行っている。これが大成功を収め、彼女はセカンドライフのロックフェラーとまで形容されるようになっている。
アンシェ・チャンの成功の秘訣は、1つには早い時点でセカンドライフの将来性に気づき、広大な土地を買い占めたことにある。
もう1つは、土地の購入者や入居者に対して非常に厳しいルールを課していることである。例えば、「ドリームランド・ゾーンA」というコミュニティの場合は、契約書の中に「ショッピングモール、大規模ナイトクラブを運営してはならない」「高層ビルの建設禁止。建造物の高さは、敷地の境界線から建造物までの距離の1・5倍以内であること」「町の美観を損ねるものは禁止」「邪魔になるサイン、ビルボードは禁止」「建造物のデザインに関し管理者の許可を得ること」などといったルールが盛り込まれている。
だれとでも親しくなりたいのではなく、自分と同じような嗜好の仲間と集いたいというニーズが人間にはあるのだろう。SNSに対するニーズと同じだ。
アンシェ・チャンは、神社の鳥居などのある日本テイストの町や、ドイツ語やフランス語をしゃべる人たちが集う町、ゲイとレズビアンが集う町なども作っている。
インターネットニュースの米CNETの取材に対してアンシェ・チャンは「新しいビジネスモデルを追求すればわれわれ規模のビジネスが複数存在できるほど、セカンドライスは大きな経済圏になっている。それにセカンドライス内に幅広く存在するコンテンツビジネスの規模と数を忘れてはなりません。2007年末までに数人の億万長者が誕生していると思いますよ」と語っている。そして具体的に成功するビジネスとは「複雑で質のいいコンテンツ。だれもが1つは欲しいと思うようなものを作ること。芸術的なものよりもプログラミングで動くようなものになると思います」と言う。

▼ゲームの中のゲームが本物のゲームに
RPGやアドベンチャーゲームともやや性質が異なるものの、広い意味ではセカンドライフもゲームの1種になる。そのゲームの中で開発されたゲームが非常な人気になって、実際のゲーム機でプレーできる製品となって発売されている。
こう書くと非常にややこしいので、少し具体的に説明しよう。
ニュージーランドに住むネイソン・カー氏は、セカンドライフの熱心なユーザーの一人だ。そのカー氏が2004年に、セカンドライフ内でアバターがプレーできるゲームを開発した。「トリンゴ」という名前のゲームで、みた感じはビンゴのようだが、ビンゴと異なり運だけではなくある程度の技で勝負が決まるルールになっている。
カー氏がそのゲームをセカンドライフ内で数千円で発売したところ大変なブームになった。このゲームに夢中になったアバターたちのための競技施設などもセカンドライフ内に建設されていった。
某ゲーム会社の元重役だったショーン・ライアン氏は、このトリンゴ人気に着目し、現実社会の中での販売ライセンスをカー氏から取得し、ゲームソフトメーカーのクレーブ・エンタテイメント社と契約した。同社はこれを製品化し、任天堂のゲームボーイ・アドバンス向けに「GBAトリンゴ」という名称で販売することになった。
仮想世界におけるユーザーのクリエイティビティが現実経済の上で実を結んだ一例だが、ゲーム会社にとってはトリンゴにはセカンドライフ内で人気を得たという「実績」があったため、発売の決断がしやすかったのではなかろうか。
つまり、セカンドライフがアンテナショップとなって、テストマーケティングの役割を果たしたわけだ。

▼セカンドライフで映画を撮る
複数の人間が同時に参加できるテレビゲームなら、それぞれのアバターに役を与えて演じさせ、それを録画して保存すれば、アニメや映画のようなもの製作することが可能だ。そうした製作されたものは「machinima」と呼ばれる。「マシン」と「シネマ」の造語だ。インターネット上で調べると、日本語の表記では「マシネマ」、「マシニマ」の両方があるようだ。
マシネマは1990年代の後半ごろから多人数参加の3次元ゲーム内で頻繁に作られるようになっていたが、セカンドライフ内では映画のセットなども自由に作れるわけで、マシネマ文化が一気に花開いている。
セカンドライフを運営するリンデンラボ社は「シルバーブレット・アンド・ゴールデンン・スパーズ」という西部劇を、マシネマのデモ用に作成している。有名なガンマンに勝負を無名の風来坊が勝負を挑むという内容だ。物語は西部の荒野の中にある町の上空の風景から始まり、町の居酒屋の中へとシーンは移る。まるで本物の映画のようなカメラワークだ。
このマシネマはリンデンラボ社のアーチストであるエリック・コール氏がプロデュースした。コール氏が公開している手記によると、セカンドライフ内でマシネマを製作しようとしたコール氏は一人で西部の町を再現しようとしたが、その作業量の多さに圧倒され結局はベザズル・スタジオズというアーチスト集団に協力を依頼した。ベザズル・スタジオズのアーチストたちもマシネマ製作に非常に乗り気で、協力し合ってマシネマの製作に取り掛かったという。
同氏は米国西部のシエラネバダ山脈にある金鉱周辺の町やゴーストタウンを実際に数回訪れたり、各種資料を読み漁り、西部の町の写真などを収集していったという。それをベザズル・スタジオズに渡して、西部の町のセットをセカンドライフ内に共同で再現していった。
役者は全部で41人。もちろん全員がアバターだ。アバターには、動作のプログラムを手渡してあり、それをもとにそれぞれが自分の役を演じるわけだ。
製作コストは約7万円。2万円ほどを役者に支払い、残りは映画のセットの土地代に当てられたという。
セカンドライフ上で、このほかにも多くのマシネマが製作されている。セカンドライフのウェブサイトの「メディア」というコーナーには、一般ユーザーが製作したマシネマが掲載されているし、ユーチューブで「second life」のキーワードで検索すると多くのマシネマを見ることができる。
セカンドライフの各種機能を応用すれば、空撮や視点の切り替えなど様々なことがることができる。また、セットや小道具、衣装なども比較的低価格で製作できるというところも、セカンドライフでマシネマを作ることの大きなメリットだ。また世界の名所旧跡の多くは、ユーザーの手によってセカンドライフ内にすでに再現されてあるので、そうしたセットを一から作り上げる必要はない。ロケ地にも困らないわけだ。
テレビドラマシリーズのプレビューとしてマシネマが製作されたという事例もあるようだし、今後は教育やビジネス、科学などの分野で、セカンドライフマシネマが利用されることもあるだろう。
もちろん、個人でもマシネマを手がけられる。撮影のために手軽に使える小道具やツールが揃えば、マシネマにおける個人のクリエイティビティは間違いなく爆発することになるだろう。

▼セカンドライフマフィアも出現
何を表現するのも自由となれば、いかがわしい表現もあるし、眉をひそめたくなる表現もある。風俗店も存在するし、バーチャルセックスを提供する売春婦アバターもいる。巨大ペニスをつきつけてくる集団も存在する。最近でこそ一般企業が参入し健全な遊び場所が増えてきたが、セカンドライフがスタートして間もないころは、セカンドライフのあちらこちらにいかがわしい場所があったいう。DVDに最初に飛びついたのはアダルトビデオ業界だといわれるように、新しい媒体が登場すると最初に動くのは性産業ということなのだろう。
さらに、セカンドライフ内には、マフィァさえも存在する。セカンドライフ内の新聞紙「セカンドライフ・ヘラルド」がセカンドライフ初のマフィアと名乗るバレンチノ一家を取材しており、その記事からセカンドライフ内の暗黒界の様子がうかがえる。
同紙の取材に応じたのは、ピノ・バレンティノと名乗る男性と、シンダ・バレンティノと名乗る女性。セカンドライフ内では結婚していることになっている。
二人はセカンドライフとは別のオンラインゲームで、他のプレーヤーへの嫌がらせや妨害行為を繰り返し、追放に近い形でセカンドライフに移ってきたという。他のプレーヤーへの嫌がらせや邪魔をすることだけを目的に参加しているプレーヤーのことは、オンラインゲームの世界ではグリーファーと呼ばれるようだ。グリーファーの多くは、自分たちはそういう役回りを演じることで、ゲームのリアリティを増すことに貢献していると主張するらしい。
インタビューの時点では、子分の数は46人。マフィアの活動としては、まずグリーファーとのケンカがある。あまりに問題のあるグリーファーは、セカンドライフを運営するリンデンラボ社からセカンドライフへのアクセスを停止させられることがあるが、そうでないグリーファーが店舗などに迷惑をかけた場合、店舗に代わってグリーファーと話をつける。いわば用心棒のような仕事を請け負っているようだ。
とはいってもセカンドライフ内ではアバターは死なない。銃で撃つと相手が数メートル先まで飛ばされたり、数十秒間横たわったままになるが、それでも起き上がってくる。殺すことはできないわけだ。そこでマフィアが取る威圧行為としては、「オレを敵にすると、あと47人も一緒に敵に回すことになるぞ」とか、「否定的な評価を20件つけてやる」といった脅し文句が中心になる。実際にはこうした脅し文句は十分効果があるという。
取材に対し二人は、セカンドライフ内に広大な土地を購入し巨大なカジノを建設中だと答えている。ボクシングのイベントも開催したり、内装業、ビューティーサロンなどの仕事を営んだりと、結構まっとうなビジネスにも力を注いでいるようだ。

▼現金取引というコミュニケーション
セカンドライフ進出支援事業のベンチャー、株式会社メタバーズの島谷直芳氏は、セカンドライフを「太平洋の真中に大陸ができたようなもの」と形容する。
しかしこの国はできたばかりで法律も何もない。いろいろと取り組んでいかなければならない課題は多い。
その1つが、ゲーム内通貨と実際の現金との交換の問題だ。RMT(リアル・マネー・トレード)とも呼ばれるこうした行為は、実はオンラインゲームの世界では古くから存在する。
ここにたまたま2003年9月に発売されたインターネット雑誌『ヤフーBBマガジン』があるが、ここですでに、当時流行していたネット対応ロールプレイングゲーム「ウルティマ・オンライン」における現金取引の実情をレポートしている。
このレポートによると、当時は主にゲームに飽きたユーザーが、それまでこつこつとゲーム内通貨を貯めて購入したゲーム内の家屋などのアイテムをネットオークションなどを通じて売りに出していたようだ。一方で買い手のほうは、ゲーム内通貨を貯めたり一から家屋を建設する時間がないことを理由に、現金でゲーム内のアイテムを購入する場合が多かったという。ちなみに当時のアイテムの相場は、小さな家だと1万円から2万円。庭付きの豪華な邸宅だと6万円から10万円。お城だと30万円以上する場合もあったという。
セカンドライフではこれを認めているわけだが、日本のゲーム運営会社の多くは会員規約などで禁じている。日本のゲーム運営会社はゲーム内通貨の換金は、社会通念的にグレーな行為とみなしているのだろう。
日本の社会通念がゲーム内通貨の換金について否定的である中で、いくら米国のサイトだからといって日本人ユーザーが今後増えていけば社会問題になりはしないだろうか。
米国IT業界のオピニオンリーダーの一人で、出版社を経営するティム・オライリー氏は、ジャーナリスト小林雅一氏のインタビューに対してゲーム内通貨の換金について次のように答えている。
「(ゲーム内通貨の換金)は絶対に(現実)経済に組み込まれるべきだ。たとえ禁止したところで、人々はeBayを使って売買するだろう。つまり制御できないのだ。それはまた、国家的なトレンドでもある。金融市場をはじめ,我々の経済活動は益々仮想化している。なぜゲームの仮想世界で作り出された事物だけが,それと違うということになるのか。確かに危険性はあるが、それは何でもそうだ。我々はゲーム経済を排除するよりも,むしろ,それを適切に機能させる仕組みを検討したほうがいい」

▼仮想空間の秩序を作るのは誰か?
オライリー氏の言うようにゲーム内の経済活動も現実社会の経済活動の一部として取り込むべきなのだろうか。
多摩大学情報社会学研究所長の公文俊平教授は、セカンドライフを1つの新しい産業としてとらえるべきだ、と指摘する。「小説は空想を文字にしたもの。それが実際の経済活動とみなされている。セカンドライフの活動は、構想をデジタルにしたもの。小説となんら変わらないはず。セカンドライフの経済活動も国内総生産(GDP)の統計の中に加えるべきだ」と語る。
確かに小説の売り上げがGDPに含まれるのであれば、セカンドライフの中の経済活動もGDPに入れるべきなのかもしれない。それでは、税金はどうすればいいのだろう。
豪紙シドニー・モーニング・ヘラルドが報じたところによると、オーストラリア納税事務所の広報官は仮想空間の中の所得でさえ課税対象になるとの見解を明らかにした。個人の趣味の範囲であれば非課税だが、事業として所得を得た場合は申告すべきだと述べたという。
一方、ロイター通信によると、米国下院の合同経済委員会は、新しい法規制が必要かどうか検討を始めたという。とはいってもロイターの記事を読むと、セカンドライフなどの仮想空間の勉強を始めたというだけで、課税する方向で積極的に動き出したというわけではなさそうだ。
仮想世界の経済活動を現実経済の枠組みにどう組み込んでいくか。突き詰めていくと、これまでの常識では判断のできない難しい問題が生じることになる。たとえば所得に対する課税は分かりやすいが、固定資産税や贈与税などはどうなるのだろう。それに課税義務があるとして、どこの国に税金を支払うべきなのだろうか。
もっと言えば、どこの国の法律が適応されるべきなのだろうか。セカンドライフを運営するリンデンラボ社は、米国カリフォルニア州サンフランシスコ市に本社を置く。同社は、米国政府、カリフォルニア州政府、サンフランシスコ市役所のそれぞれの法令に従うと明言しているが、本来はセカンドライフ内の住民が自治政府を作って自分たちで法律を作るべき、という考え方もありそうだ。

▼リンデンラボ社の「国際金融政策」
セカンドライフ内で1ヶ月間にやり取りされるリンデンドルの総額は、毎月10%から15%のペースで増えているといわれる。つまりセカンドライフ経済は、月に10%から15%の成長率で推移しているというわけだ。ユーザー数が爆発的に増えているから、当然経済も急成長を続けているわけが、過熱する経済は当然インフレの懸念を生む。現実社会では、国が経済を健全に保つために施策を講じるが、仮想空間ではだれがどうすればいいのだろう。
前出の「ウルティマ・オンライン」では、アイテムや仮想通貨の現金による売買が横行したため、インフレ状態に陥りアイテムの価格が高騰、ゲームをプレーしているだけではアイテムを購入できないという事態も発生したようだ。
実際、セカンドライフのロックフェラーといわれるアンシェ・チャンが手持ちのリンデンドルをすべて現金に換える、という憶測が流れただけで、LINDEXの為替相場は暴落するといわれる。リンデンドルの価値があるうちに米ドルに交換しようというユーザーが殺到し、さらにリンデンドルの価値を下げるからだ。セカンドライフ経済は、意外に簡単に崩れ落ちるものなのだ。
そうならないように、リンデンラボ社が果たすべき役割は大きい。ほとんどの先進諸国がそうであるように、リンデンラボ社が金融政策を通じてセカンドライフ経済の安定を図れる可能性はある。
セカンドライフの会員には、無料のベーシック会員と月会費9ドル95セントプレミアム会員がある。プレミアム会員はリンデンラボ社から毎週300ドルの支給を受けることができる。セカンドライフ内のマネーサプライは、このプレミアム会員への支給額を上下することでコントロール可能なのだ。また特定の機能の使用料金を引き上げることでマネーサプライを引き締めるという選択肢もある。
このほかにも、リンデンラボ社がLINDEXに介入して直接リンデンドルの売買を売ることで、リンデンドルの流通量をコントロールすることも理論上は可能だ。しかしそれは同社が米国ドルを簡単に手に入れられることを意味する。紙幣を印刷できる機械を持っているようなものだ。そういう方法で同社が収益を上げていいものかどうか。倫理的な問題を問われかねないので、同社は今のところ市場操作はしない方針のようだ。

▼なぜバーチャルリアリティでなければいけないか
このところのセカンドライフを巡る欧米の報道の加熱ぶりには目を見張るものがある。米経済誌フォーチュンは「No, Second Life is not overhyped(セカンドライフは決して過大評価されているわけではない)」という記事の中で、「セカンドライフは長期的には、今報道されている以上に重要になるかもしれない。なぜならセカンドライフは、情報との付き合い方やネット上でのコミュニケーションの新しい別のビジョンを示しているからだ」としている。しかし実際にはどうなのだろう。セカンドライフに詳しい何人かの日本人に聞いてみた。
セカンドライフ進出支援事業として株式会社メタバーズを立ち上げた島谷直芳氏は、10年前からネット上の仮想空間の分野に興味を持っていた一人だ。これまでもいろいろなゲームやバーチャルリアリティを体験してきたのだが、セカンドライフを最初に見た瞬間に「これでようやく1線を越えた!」と感動を覚えたのだという。今まで待ち望んでいたレベルの仮想空間が、そこに存在していたからだ。
セカンドライフは自分が実際にその空間の中に存在するような実感を、初めて感じさせてくれるものだった。自分のアバターが海辺の近くのテラスでくつろいでいると、自分まで本当にくつろげるげた。アバター同士の会話は文字で行う。いわゆるチャットだ。しかしインスタントメッセンジャーなどのソフトや電子掲示板上で行うチャットとは明らかに違う感覚や感情が、アバター同士のチャットでは存在した。文字だけの冷たさとは異なり、土地の景観や、家具、服など、全ての画像に加え、波の音、鳥の声などの音も相まって、人間同士のコミュニケーションという実感がセカンドライフのような仮想空間のチャットには存在するのだろう。
「それこそが仮想空間の付加価値です」と島谷氏は言う。

▼身体を離れアバターと結びつく意識
実際に自分がその仮想空間の中に存在する実感とはなんなのだろう。それは自分の意識が実際の自分の身体から離れ、仮想空間のアバターの身体と結びつくということではないのか。そんなことが可能なのだろうか。
あまり仮想空間での経験がないわたしだが、自分の意識が自分の身体以外のものと結びつくという感じはなんとなくわかる。例えば自動車を運転する際の車両感覚と呼ばれる感覚は、意識が別のものと結びつく感覚の1つだろう。自動車を運転している人なら分かるだろうが、運転手は自動車の大きさを感覚的に理解している。目で左右の幅を確認しなくても、前方を見つめたままで狭い道をある程度の速度で走行できるのは、自動車の幅を感覚的につかんでいるからだ。ちょうど自分の背丈の感覚をつかんでいて、低い枝の下をかがみながら頭上ぎりぎりで進めるのと同じことだ。運転中は、意識が身体だけではなく自動車と結びついているわけだ。つまり人間は、意識を自分自身の身体以外のものとも結びつけることができるのだ。
当然、意識を仮装空間上のアバターと結びつけることもできるはず。実際にセカンドライフの中で、アバターが壁にぶつかったり、高いところから落ちたりすると、「痛い!」とキーボードに思わず打ち込む人が多いという。
この仮想空間の中に自分が存在するような感覚は、ディスプレーの画面が大きくなり、パソコンの性能が向上し画質や動作のスムーズ感が向上すれば、よりリアルなものになるはずだ。
デジタル技術を持つクリエーターを養成するダジタルハリウッド大学の杉山知之校長は、3Dやバーチャルリアリティの研究家としても実績がある。杉山校長は第一線の研究者であった25年前にすでに「人々はいずれ仮想空間の中に入り込むであろうと確信していた」と言う。「今はIT革命の歴史の中で言えば、序章の段階。画像をメールに添付できるようになった、映像を配信できるようになった、という程度だから。コンピューターがすべてを表現するというのであれば、現実社会である3Dを当然表現しなければならない」と杉山校長は語る。

▼現実世界でできない試行錯誤ができる場
仮想空間の中に人間が入り込むようになり、意識がアバターと結びつけば、どちらのほうが現実かわからなくなりはしないだろうか。
メタバーズの島谷氏は、「いくらなんでもそんな人はいないでしょう」と一蹴するが、デジタルハリウッドの杉山校長は「そうなる人も出てくるかもしれない」とその可能性を否定しない。「いろいろ心配しても仕方がない。人間の可能性を確かめる場として、おおらかにとらえればいいのではないか」と杉山校長は仮想空間でのコミュニケーションに前向きに取り組むことのメリットを強調する。
杉山校長がいうメリットとはつまり、しがらみにとらわれることなく、いろいろなことに挑戦できることだ。現実社会とは違う異性と結婚生活を試してみる、新しい政治制度を実験してみれる、など、「もし人生を最初からもう一度始められるなら」「もし歴史を代えられたなら」といった「もし」を実際に仮想社会の中で試すことができるというわけだ。
何年か前に日本と米国の自治体の制度の違いを調べたことがある。両方を比較して、日本の制度は非常に論理的に1つにまとまっているのに対し、米国の制度はつぎはぎだらけの制度のように感じた。日本の制度がトップダウンで「こうあるべし」と定められたのに対し、米国の制度は試行錯誤のあとがあちらこちらに残っているのである。恐らく日本の制度がすっきりまとまっているのは、欧米の制度が試行錯誤を終え成熟した時点で、日本が最も有効な制度を取り入れたからなのだろう。
その時々でよかれと思って取り入れた仕組みも時を経れば思ったように機能しなくなる。それでも一度作った仕組みを壊すのは並大抵のことではない。人々から既得権を奪取するのには非常なエネルギーが必要だからだ。よって自治体組織は膨張を続ける運命にある。米カリフォルニア州では、州政府を南北の2つに分割する案が過去に何度も浮上しているが、それは南北で住民感情が少し対立しているからだけではなく、膨張した政府を1からすっきり作り直したいという思いがあるからだ。
現実社会は、過去のしがらみから逃れられず、つぎはぎだらけの制度の中で前に進むしかない。しかしときには、ガラガラポンと1から作り直すことが必要なこともある。その実験を現実社会で行うことは、ほとんど不可能。それなら仮想社会で実験し、うまく行けば現実社会に応用してはどうだろう。仮想社会のメリットは、こうした実験を行えるところにある。
現実社会の配偶者とはまったく別のタイプの異性と、仮想社会の中で結婚生活を送ることもできる。現実社会では堅実な職業についている人は、仮想社会の中では幼いころからの夢だった芸術家としての人生を送るかもしれない。現実社会の中では実現できなかったことを、仮想社会の中で試してみたいと思う人は多いはずだ。人によっては、現実社会は生活の糧を得るための単純な仕事の場であり、仮想社会こそが自分自身を表現できる場所になるかもしれない。そういう人にとっては、仮想社会のほうが重要になる。
「今から50年後ぐらいには、人々はみな現実社会と仮想社会の両方の人生を持ち、その間を行き来する時代になる」と杉山校長は予測する。

▼セカンドライフはSNSになる
50年後の話はさておき、ここ1、2年後はどのような展開になっているのだろう。セカンドライフはわれわれの生活の中でどのような存在になっているのだろうか。
杉山校長は「セカンドライフが(3Dインターネットの)デファクト(事実上の標準)になっているかどうかは分からない。ただセカンドライフでなくても、同様のものが立ち上がるのは間違いない」と言う。
今までにも、セカンドライフのような仮想社会の実験はいくつもあった。そうした実験が、実験の枠を超え広く普及しなかったのは、一般的なパソコンの処理能力とインターネット回線のデータ送受信容量が3Dインターネットを利用するのに必要なレベルに達していなかったからだ。ところがブロードバンドが広く普及し、パソコンの性能も向上した。ウィンドウズの最新バージョンである「ビスタ」が搭載されているパソコンなら、ストレスなくセカンドライフを楽しめるという。
セカンドライフ進出支援の株式会社メルティングドッツの浅枝大志氏は、「セカンドライフがパソコンに常駐するコミュニケーションツールになるのではないか」と指摘する。パソコン画面の上にインスタントメッセンジャーのようなコミュニケーションツールを常駐させている人がいるが、将来はインスタントメッセンジャーやメールの代わりにセカンドライフがパソコン画面に常駐するようになる可能性があるということだ。セカンドライフのソフトは、友人関係を結んだユーザーがセカンドライフにアクセスしているかどうか表示してくれる。アクセスしていれば、その友人のいる場所にテレポートして会話を始めることができる。これはもうSNSそのものである。

▼バーチャル墓参り計画
島谷氏はさらに、セカンドライフのような仮想空間が単なるアプリケーションであることを超えて、OSのようなものになると考えている。つまりパソコンに電源を入れればウィンドウズが自動的に立ち上がり、ウィンドウズの上でブラウザや表計算ソフトが動くように、将来のパソコンは電源を入れればセカンドライフが自動的に立ち上がり、その上でネットサーフィンをしたり事務作業をしたりコミュニケーションしたりするようになるのではないか、ということだ。

島谷氏が参加しているプロジェクトに面白いものがある。セカンドライフ内に墓地を建設しようというものだ。お墓が遠くにあって、思うようにお参りできない人は多いだろう。そういう人のためにお墓をセカンドライフ内に設置し、いつでもどこでもお墓参りできるようにするというプロジェクトだ。お墓をクリックすれば、故人の写真アルバムや故人が残したブログにアクセスできたりしてもいいだろう。法事の際には親戚がアバターを操作してお墓の前に集まり、お花を飾り、ロウソクや線香に火を点しお祈りする。故人の話題で、久しぶりにコミュニケーションする。そんな場所を作ろうというわけだ。島谷氏は、「義務感で墓参りするのではなく、楽しみになってみんな頻繁に墓参りする。それが故人の喜びにもなる」と語る。そしてそれは墓参りという概念さえ変えてしまいかねない。お墓は新たな自己表現の場になり伝統的なお墓以外にも自由な想像力によるお墓の造形が生まれてくる、と島谷氏は言う。
わたし自身は、セカンドライフが工作機械の制御装置のようになるのではないかと妄想している。公文俊平氏は、著書『情報社会学序説』(NTT出版)の中で、産業化の成熟局面として次のような予測を立てている。
人びとは各種の情報通信機器を購入して使用するようになる一方、コミュニケーションが可能なロボットやソフトウエア・エージェントと共生するようになる。さらには個人もしくは小集団用の工作機械を使って、さまざまな機器類を自分で製造して使用する。また、それらが生み出すさまざまなサービスを自分で消費するだけでなく互いに交換したりもするようになると思われる。
個人用の工作機械をだれもが持つというのはちょっとイメージしづらいのだが、仮想空間の中で自分で作り上げた機械のデザインを、業者が工作機械を使ってそっくりそのまま作ってくれるというサービスは、それほど遠くない将来において実現するのではないだろうか。シアーズのセカンドライフ店で、流し台の色をいろいろ試し気に入ったものをその場で注文できる、というサービスは、その原型だと思われる。

▼次なる展開は何か?
セカンドライフがコミュニケーションツールになる、OSになる、というのであれば、かなりの影響力を持つようになるはず。次のマイクロソフト、次のグーグルになる可能性も否定できない。ならば、もともとゲームや3Dといった分野では世界をリードしているはずの日本企業は、新しいインターネットのプラットホームのデファクトスタンダードを狙わないのだろうか。
杉山校長は、日本企業は動くことはないだろうと予測する。ユーザーの自由裁量に任されている部分が大き過ぎて、日本企業、特に大企業にはリスクが大き過ぎて参入できる分野ではないと言う。
確かにセカンドライフの中には、性産業のようないかがわしい部分も存在する。匿名性の下、人間の欲求が解放されれば、社会的に許容されないような享楽的なコンテンツが増えるのも無理はない。とはいうものの、そうした人間性の陰の部を運営者が放置していていいものかどうか。仮想空間を専業にするベンチャー企業なら守るべきブランドもないだろうが、運営者が大企業なら管理責任を問う声も当然上がるだろう。日本企業にとってはリスクが大き過ぎるというのは、そういう意味だ。
また、ゲームソフト大手のスクウェア・エニックスのチーフストラテジストの乙部一郎氏は、プラットホームビジネスが必ずしも儲かるわけではないと指摘する。プラットホームが収益性の高いビジネスになるには、後発者にとって参入障壁となるような何らかの差別化が不可欠になる。プラットホームの重要な部分の特許を取得して真似ができないとか、新規参入コストが高すぎるとかいった参入障壁だ。そういった参入障壁が存在しなければ、プラットホーム事業のうまみはそれほどないということだ。
プラットホーム事業にうまみがなければ、プラットホームをだれもが利用できるオープンな技術にしたほうがいい。オープン技術を利用することで3D仮想空間は、現在のインターネットのように特定の企業が所有するのではなく世界中のすべての人が共有するオープンなプラットホームになる。そうなればだれも戦いを挑んでこない。新しいインターネットを作って既存のインターネットと競合しよう、と思う企業が出てこないのと同じことで、オープンなプラットホームに戦いを挑むものはいない。競争は、そのプラットホームの上にどのようなサービスを乗せるのかというレベルで行われるようになる。
つまりプラットホームでの儲けに固執すれば、他社の挑戦を受ける。参入障壁が低ければ、多くの挑戦を受け、最後には負ける可能性もある。しかしオープンにすればそのプラットホームは栄える。プラットホームからの莫大な利益は受けられなくなるが、先行者利益など付随する十分に大きな利益を得ることは可能だ。

▼みんなで広げるセカンドライフの世界
さてセカンドライフはオープン戦略でくるのか。基幹機能を非公開の独自の技術で固めて、プラットホーム独占による利益を得ようとするのか。
セカンドライフの現在の技術は独自開発のものが多い。この点について米国のポッドキャスト「ラグラジオ」に出演したリンデンラボ社のコーリー・オンドレイカ氏は、「立ち上げを急いだために、オープン技術ではなく独自技術で作り上げてしまった」と説明している。そして同社のソフトウエアエンジニアのジム・パーブリック氏は、英国で開催されたカンファレンスで、同社は「オープン戦略で行く」と明言している。今は、ユーザーがパソコンにダウンロードする専用ソフトがオープン技術だが、今後はバックエンドのサーバーソフトもオープンソース技術として開発者コミュニティに開放していくのだという。
またパーブリック氏は「1、2年後にはだれもがセカンドライフのソースコードをダウンロードして、ブラウザーのファイヤーフォックス用にプラグインを開発できるようになっているかもしれない」と語っている。セカンドライフの専用ソフトをダウンロードしなくても、ブラウザーで簡単にセカンドライフが使えるようになるかもしれないということだ。
またオンドレイカ氏は「あらゆるユーザーのニーズをリンデンラボだけで満たすことができなんて思っていない。僕は携帯電話でセカンドライフにアクセスできるようになればいいと思っているけど、そこまで手が回らない。オープンソースにすることでだれかが携帯電話用のソフトを開発してくれればいいと思っている」と語っている。リンデンラボ社のソフトを使って独自のサーバー上で仮想空間を実現することも大歓迎という。基本仕様が同じなので、アバターはセカンドライフのサーバーと別の社のサーバーの間を自由に行き来できるようにすることが、技術的に可能になるわけだ。同社がこのようにオープン戦略を採用することで、他社は本当にセカンドライフに戦いを挑んでこないのだろうか。
IBMは、セカンドライフの枠組みの中で積極的に新たな事業の開発を進めているが、セカンドライフの技術を利用し、独自のサーバー上で仮想空間を作ることを考えているようだ。セカンドライフ上で文字で会話すれば、それはリンデンラボ社のサーバー上のデータとなる。機密保持契約を結んだ顧客と他社のサーバーを使ってコミュニケーションを取れば、契約違反とはる。このためにも独自のサーバーをセカンドライフにつなげる必要があるという。
前出のスクウェア・エニックスの乙部一郎氏は「リンデンラボとは、何か一緒にできないかと常に話し合っている」という。ただセカンドライフはそもそもオープンなプラットフォームなので、特段提携をせずともその上で自由にビジネスを展開できる。提携をしなくても何でもできるので、敢えて提携をする必要性がないという。
任天堂アメリカのレジー・フィザメー社長は、ロイター通信の取材に対し、任天堂の家庭用ゲーム機wii上のアバターを中心としたSNSの構築に関心を持っていると語っている。同氏は、「wiiのリモコンやヌンチャクを使えば、すばらしい仮想空間を作ることができるだろう」と言う。しかし具体的に何らかの計画が進んでいるという状態ではないらしい。ただ「数人のエンジニアと話したが、彼らは非常に関心を持っている」という。
セカンドライフとの連携については、wiiのアバターをマイスペース上でも利用できるようにしており、同様にセカンドライフ上でも利用できるようにしたい、と語っている。
この件で、日本の任天堂に取材を申し込んだが、受けてもらえなかったので確かなところは分からない。だが、仮想空間のプラットホーム事業に十分に関心を持ちながらも、セカンドライフと連携すべきところは連携する、というのが今のところ基本的な考え方のようだ。
3Dインターネット時代は幕が開いたばかり。今のところセカンドライフがデファクトスタンダードになる可能性は確かに大きいが、まだまだ予断を許さない状況だ。

▼日本人はセカンドライフになじめるか?
少なくとも欧米ではセカンドライフのユーザーの数は伸びている。企業の参入ラッシュも続いている。
しかし日本でも同様に受け入れられるのだろうか。
2006年2月にインターネットコムと goo リサーチが調査によると、日本のネットユーザーのうちセカンドライフの利用経験者は1.12%、認知度は約2割だった。まだまだその程度だ。2006年春にはセカンドライフの表記が日本語化されるとのことだ が、果たしてそれで、どの程度ユーザーが増えるものなのだろうか。
また一部報道されているように、セカンドライフの登場を機に、インターネットは完全に3次元の世界に突入するのだろうか。
前出の「ウルティマ・オンライン」のように、アイテム作りが可能で、ゲーム内通貨を現金化できるゲームは過去にもあった。ゲーム自体をユーザーが簡単に改良できるように、ゲームメーカーがシステムを提供するとい事例も早くからある。セカンドライフが特に革新的というわけでもなさそうだ。
スクウェア・エニックスの乙部一郎氏は、3Dゲームの価値を認めた上で「何でも3Dがいいと思うのは大きな間違いだ」と指摘する。ビジネスなど実用性に重きをおいたアプリケーションにとっては、実は3Dより2Dのほうが優れている場合が多い。セカンドライフが3Dで実用性を追求するのは面白い試みだが、3Dが向いているアプリケーションをきちんと選ぶことが重要だと言う。
人間は3次元の現実社会の複雑さを理解するために、絵や図という2次元に落とし込み簡略化する。2次元のほうが分かりやすいことは多い。それをすべて3次元化、複雑化することは本当に便利なのか、と乙部氏は指摘するわけだ。
もちろん現実社会とほとんど変わらないような空間をネット上に構築することができれば、ネットの表示形態の基本形が3次元になってもいいだろう。しかしそうなるのは、まだまだ先だと乙部氏は言う。

▼用意された世界、個人が作り出す世界
スクウェア・エニックスの提供するゲームは、ある意味、セカンドライフの対極に存在する。3次元空間という意味において見た目はそう変わらなくても、ファイナル・ファンタジーなどのゲームは開発元のスクウェア・エニックスが作った世界の中でプレーする。ゴルフ場のようなものだ、と乙部氏は言う。一方でセカンドライフは、場所を提供するだけ。その場所の上にユーザーがいろいろな世界を作りプレーする。砂場のようなものかも知れない。だが、この2つの世界は二律背反ではなく、1本の線のようなものだ。多くのゲームは、メーカーの作る要素とユーザーが作る要素の両方が存在する。あるゲームは、メーカーで作った要素が多いかもしらない。ファイナル・ファンタジー寄りということになる。別のゲームはユーザーが作る要素のほうが多いかもしれない。そのゲームは、セカンドライフ寄りということになる。
どちらかに収斂されていくものではなく、いろいろなレベルの組み合わせのゲームが存在し続けることになる、と乙部氏は予測する。ユーザーが好む組み合わせのゲームが生き残り、好みに合わない組み合わせのゲームは排除される。それだけのことだ。果たして日本人は、メーカーの提供する要素をどの程度求め、ユーザーが作り出す要素をどの程度求めているのだろうか。


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この原稿は出版に向けた仮原稿の段階のものです。引用にはご注意ください。湯川鶴章


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