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「小さな積み重ねがプライバシーを失う」-伊藤穰一氏

 前回に引き続き伊藤穰一さんとの対談からの抜粋。今回は伊藤さんのプライバシーに対する考え方を聞いた。


「伊藤穰一氏インタビュー 第2回音声ファイル」


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○伊藤 プライバシーのことを少し話をすると、いまプライバシーの基本というのは、プロファイリングなのね。いまは例えば、『赤旗』を定期購読していたとして、大企業によってはたぶん入社できないと思うし、下手をすると結婚もできない。どこの住所の人だったら結婚できない。こういう差別はすでにあるわけ。プロファイリングが、いまテロのあれでだんだん進んできて、例えば、デパートメンタル・フォーマルセキュリティなどは、ちゃんとプロファイリング用のスキーマーが作っている。まずデータベースというのは合体するのが難しい。
みずほ銀行などは合併しようとしても、住所、氏名があっても簡単ではない。でもこれをデータベース化して背番号を付けてしまうと簡単なのね。だから、テロ対策でアメリカは、いま何をしているかというと、いろいろな新しい技術を使ってプロファイリングを楽にしているわけ。そうするとどうなるかというと、いまアメリカだと、名前が似ているとか、誰かと前に住んでいたとか。この間ロンドンの地下鉄で殺されてしまった男がいるじゃない。もしかしたらテロリストかもしれないという人の家に、その人がたまたま住んでいて出ていったときに、ちょっと怪しそうだったから、シグナルが上がって、最後は撃たれるわけです。これは彼は間違った所に住んでいて、その住んでいた人が、たぶん行動などを起こしてプロファイルされているわけです。
 そうすると、僕は何をするかというと、僕にはいま中近東で研究している友達がいて、その友達がこの間メールを送ってきて、自分が研究していたメディア会社のアルマナールがテロリストリストに載った。「僕には2度とメール書かないでね。なぜかというと、あなたとつながることによって、僕はアメリカのテロリストリストに載るとどうなるかわからない」と。
 だんだん世の中が進んでくると、こういうプロファイルの人たちは、こういうことになる。例えば、アメリカが日本に来て、セキュリティアップするので、日本の中で我々はテロリストの定義というのは、例えば、中近東の人とこれ以上付き合っている人とか、こういう本を借りている人とか、こういう行動が多い、海外旅行のパターンなどを全部合わせて、トップの100万人の名前を出してくれ。彼がアメリカのボーダーでブロックすると、1人だけでもテロリストが捕まれば、100万人の日本人に嫌な思いをさせてもいいやと。それはアメリカから見ると合理的だと思います。100万人の日本人と1組のテロリストはバランスが取れています。僕たちに対してもいいかなと思うけど、そうすると行動を変えますよね。
 今度は何をするかというと、自民党やアメリカの政権が、自分たちの政党に対して危険な人たちは、なるべく自分たちに近付けないようにしようと。そうすると自分も反体制的な意見を言わなくなったり、反体制的な人と対談しなかったり、そういういろいろな行動のチリングエフェクトが起きてくると思います。
 これは何かというと、1かゼロではなくて、プロファイリングしやすくすればするほどプロファイリングのコストが下がる。そうすると利用度が上がる。結局データというのは環境問題と同じで、一旦出ていってしまうと、なかなか直らないし、小さいものの積み重ねでプライバシーを失っていくのです。いまでもGoogleで探せば、いろいろな情報が出てくる。ただ、Googleだけで100万人の日本人のアメリカから見て、いちばん危険な人たちをリアルタイムで出せと言ったら、そういうのは結構難しい。そういう社会に、いまアメリカやテロ対策で動こうとしている中で、なぜ自分のデータを分析しやすくしなければいけないのかなということを考えた上でやるのなら別ですが、全く考えないで、ひたすら番号をあちこちで使おうとしていることに対して反対しているわけです。
○湯川 でも、利便性は上がるわけですよ。国民IDだから、共通のIDがあれば何かと便利ではないですか。
○伊藤 やくざにもテロリストにも便利ですけどね。
○湯川 問題はそこですよね。テロリストにも便利だということで、そういう問題点もはらんでいるのだけれども便利さもはらんでいると。やはりコンピューターネットワークの中ではIDは絶対必要なわけではないですか。
○伊藤 そんなことないですよ。
○湯川 そんなことないですか。
○伊藤 うん。匿名のインターネットも絶対保護するべきだと思うし。
○湯川 それはそうなのですけれどもね。
○伊藤 IDもいろいろなIDの種類があると思うのです。例えば、僕は図書館と本を借りる権利があるとするではないですか。そうすると、図書館の担当者には、僕が図書館に入る権利だけわかればいいではないですか。なぜ僕の写真と名前と住所を書いたものを見せなければいけないの。ちゃんと僕だというのが証明されればいいでしょう。僕が例えば、エイズ検査をするときに、なぜ住所も教えなければいけないの。検査した人と検査結果をもらう人が同じ人であればいいわけでしょう。でも何でも全部1つのIDにつなげようとするのは、セキュリティ対策として良くないのです。本当は個人のレベルでもそうだし、国家資産を個人情報と考えても分けなければいけないの。
○湯川 今でもいろいろなサイトでID、パスワードが異なってきても、訳がわからないから、いいや同じでとか、メモに書いて貼ってあったり余計にそうなっていってしまうのではないですか。○伊藤 そこはプライバシーを保護する便利さを作ればいいのです。これは技術をわかっていない人が利便性を考えると、1つの鍵で全部の自分の人生のドアが開くのと同じで、それは怖いでしょう。それを落としてしまったら全部開けられてしまうのです。

ネットが管理される危険性ー伊藤穰一さんインタビュー

▼伊藤穰一さんにとってのこれまでの10年、これからの10年

 今はネットのオープンな文化が危機的な状況にあるという。通信やメディア関連の企業はこれまでネットの影響力に関しては様子見の立場を取っていたが、自分 たちの既得権を守るためにいよいよ攻勢に転じている、というのが伊藤さんの過去10年の総括、今後10年の予測だ。ネットのオープンな文化を守ろうという 人たちと既存勢力との戦いは激化する一途で、どちらが勝つかは予断を許さない状態だという。
 ネット関連技術の標準化組織は既にいくつかあるが、その多くは草の根の団体。それを国連組織の中に組み込もうという動きもあるようだ。そうなれば、民間ではなく国家がネットを制御することになる。

「伊藤穰一氏インタビュー 第1回音声ファイル」


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 【インタビューの抜粋】
○湯川 まず、伊藤さんにとってのインターネットの今までの10年というのは、どんな10年だったと総括されていますか。
○伊藤 ボトムアップで、ユーザー・ジェネレーテッドに近いオープンネットワークになった。それが10年前だったら、ネットワーク屋さんでさえ、こんなことはできないと思っていた。それがほぼこの10年後、当たり前になった。そうなるのに、10年かかったのです。
○湯川 初めからインターネットというのはつながりの世界であったり、ユーザー・ジェネレーテッドのメディアであったりと言われたのですが、本当にそうなるまで10年もかかってしまったということなのでしょうね。
○伊藤 そうだね。でもハリウッドはいまだにユーザー・ジェネレーテッド・コンテンツはあまり好きではない。ケーブルテレビや電話会社というのは、できればインターネットを閉鎖していきたい。モノポリ(独占企業)たちはまだ生き残ろうとしている。やはり力がある所は残っていて、たぶんそこがいま壊れてきているところだね。今後の10年はその戦いが、ポイントに集中して行われるということではないのかなと思います。
○湯川 (ネットの自由な文化のほうには)絶対行かさないぞという動きがあって、ひょっとすると今後10年間で揺り戻しがある。そういうことをおっしゃっているのですか。
○伊藤 うん。この10年間で大体インターネットとはどんなものか、みんなわかってきたから、ますます論点もはっきりしてきている。昔は危険性も感じてもいなかったわけ。今の国連とかでは、すべてのコミュニケーションは(国連組織である)ITU(国際電気通信連合)が管理するべきだと言う人もいるわけ。国と電話会社、この2つが世の中のコミュニケーションを仕切るべきだと思っている人たちもいる。僕は下手をするとインターネットが、ここ数年間で今の形でなくなる可能性があると思う。
○湯川 それはどうして。
○伊藤 それは、例えばITUがICANN(インターネット上で利用されるアドレスなどの標準化や割り当てを行なう組織。民間の非営利法人)との争いで勝って、例えばICANNがなくなってしまって、IPアドレスとかドメイン名は全部国連管理のITUがやって、全部国が決める。そうなると、免許がないと機種も作れない、認可がないとイノベーション(技術革新)もできない。インターネットが、今の電話会社とケーブルテレビを足して割ったようなネットワークになってしまう可能性はまだあると思うんだよな。本来であれば国は独占禁止法などを使って独占企業(モノポリ)を壊すべきですが、いまの政治状況から言うと、モノポリは影響力を持ってしまって、なかなか壊れないんだよね。
○湯川 なるほどね。そこのところで国が、特にモノポリに影響されやすいような政府が、インターネットの大元のところの権利を握ってしまうと、これからイノベーションというのは起こりづらくなってくるということですね。
○伊藤  それがなぜ駄目かというと、1年に1回おじさんたちが集まって、一生懸命あらゆる可能性を想定して規格を作っていったら、こんな分厚いのになっちゃうわけ。インターネットのイノベーションというのは13歳の男の子でも、何でもソフトを書いて、みんなで付けてワイワイ走りながらやるという感じなのね。そういうほうがイノベーションがうまくいくというプロセスが証明されたにもかかわらず、昔からいる人たちが「そろそろまた僕らに権限を戻せ」と言い始めている。それが、いま起こっていることです。
○湯川 なるほどね。日本のインターネットというのも、村井純さんなんかが、「とにかく5年待ってくれ、5年好き勝手にやらせてよ。いろいろガチガチに法律を決めずに。そうでないとイノベーションが起こらないのだから」と。日本人はどちらかというとガチガチに決めたいほうだから。村井さんは一生懸命「ガチガチはインターネットに似合わないのだ」と言っていましたよね。でも10年もユルユルできたのだから、そろそろは規則を当てはめてもいいのではないですか。自由奔放のネット文化にはもちろんイノベーションというプラスはあるのだけれども、その反対で問題でもあるわけではないですか。
○伊藤 でも問題点よりもプラスのほうが断然大きいし、それにオープンなインターネットというのは民主主義の柱になってくると思うんですよ。もうこの時代、監視だけされて発言できず、オープンなネットワークがない国には民主主義はあり得ないと思うの。国民は喋らない、聞くだけ。しかも国民は監視される。国に任せたらそういうネットワークになるのが当たり前なの。しかも中央で作ったものをみんなに放り投げるだけで、それがビジネスモデルとしていちばん分かりやすい。
 イノベーションというのもそうだけれども、言論の自由などの基本なものが、いまインターネットによって生まれてきているわけです。中国などは、いまブログを取るのに免許が必要でしょう。管理している人にとっては、そちらのほうがいいかもしれないが、せっかくこれからグローバルな会話が始まろうとしている中で、かなり危険になると思います。

伊藤穰一さんの略歴
wikipediaの日本語版には出ていないけど、英語版には伊藤さんの情報がいっぱい載っている。それだけ海外で活躍されているということだ。
wikipediaによると、伊藤さんは京都生まれ。4歳のときに親の仕事の都合で渡米、14歳のときに帰国しているが、大学は米タフツ大学、シカゴ大学へ留学。
 現在の仕事はテクノラティの国際部門のジェネラル・マネジャー、日本シックスアパートの会長、クリエイティブ・コモンズの理事、ネオテニーの最高経営責任者、ICANNの理事、オープンソース・イニシタティブの理事、モジラ財団の理事など、多方面で活躍中。
たしか欧米の雑誌の、世界で最も影響力のある100人とかいうのに選ばれていたような記憶があるんだけれど、違うだろうか。だれか知りませんか?

この取材の音声は、IBM広報誌「無限大」から提供していただきました。

近藤社長インタビュー③

▼はてなのこれからの進路

 株式会社はてなの3回目のポッドキャスティングは、同社の今後の進路について近藤社長に聞いてみた。また近藤社長は「日本のグーグルになる」という発言を過去にしているのだが、その真意を聞いてみた。グーグルのようにIT業界から産業界全体をコントロールするような野望を持っているのだろうかと思っていたのだが、そういった意味でないようだ。グーグルのように技術者にとってやりがいのある職場環境を今後も維持していきたい、ということらしい。
 そして日記というものから社会、世界につながる仕組みを作る、というのが今後も同社の方針だという。

「近藤社長インタビュー 第3回音声ファイル」


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湯川的いい加減用語解説
【ソーシャル・ブックマーク】一人ひとりのユーザーが情報に対しその情報を描写する簡単な「タグ(キーワード)」をつけるという作業をしていき、そういった情報が無数に集まれば、情報の分類が非常に効率的にできるようになる。グーグルのように機械で情報を分類するのもいいけれど、人々の集合知で情報を分類するというのも、インターネットっぽくていいと思う。詳しくは、e-wordsITmediaの記事でどうぞ。
【EPIC2014】ネットやメディアの近未来予測に関するショートムービー。米国のメディア界に衝撃を与えたといわれる。グーグルが巨大コンピューターに人々の情報をほとんど全部蓄積し、情報化社会を牛耳るというような内容になっている。詳しくは、僕の裏ブログの記事でどうぞ。
【梅田望夫さん】IT業界のオピニオンリーダー。シリコンバレー在住のコンサルタント。梅田さんのブログ

【近藤語録】

  • 「人は、より広いコミュニティーへの所属を通じて人は成長する。家庭から始まり、小学校、中学校、高校と、どんどん所属するコミュニティーが拡大していく。たまたま社会制度がそうなっているということではなく、人の成長はそういうもんだと思う」
  • 「(はてな)ダイアリーという非常に個人的なものに、(はてな)キーワードというもので『はてな』の中の人たちとつながる仕組みをつけた。さらに(はてな)キーワードはインターネットの中でいろいろな人が見てくれる。非常にパーナルなものを世界につなげていくというパスを通してきたつもり。(世界につながっていくということは)その人が成長しても使う価値のあるものだし、その人の行動の可能性を広げるものになる。(これからもはてなはそういう姿勢を)崩さないと思う」
  • 「技術志向でありたい。技術を磨いていいものを作ってたくさんの人に提供する。それは、物を作る人にとって一番やりたいことだと思うけど、(グーグルが)それをじゃんじゃんやっている。(ところが)日本にはそれがないと、悔しいけど言われちゃう。だからそれをやりたい」
  • 「人と人との信頼関係を形成するのは情報量。包み隠さず情報を出してきたのでユーザーから信頼してもらえた。このサービスは、はてな(という会社)のものではなく自分たちのものだと思ってもらえた」
  • 「(はてなの)変さを増幅させながら、自分たちだけができるというものをどう作っていくか(が重要)」

日本版オーマイニュースの狙いは打倒権威主義

 正式発表までブログに書くのは控えてほしいと頼まれていたのでこれまで書かなかったが、昨年末に韓国オーマイニュースのオー・ヨンホ社長が僕に会いたいと言ってきた。僕自身もぜひお会いしたい人物だったので、喜んでお会いした。約2時間ほど、いろいろと意見交換した。
 そのときのオー社長の来日目的は、日本版オーマイニュースの立ち上げ準備だった。日本でオーマイニュースを立ち上げて果たしてうまくいくだろうかというオー社長の問いに対して、わたしは否定的な見解を述べておいた。

 以前、裏ブログにも書いたが、オーマイニュースの韓国での成功はその時の韓国特有の条件の下でなし得たことで、それを別の国で再現することは非常に困難 であると僕は考えている。韓国では、既存メディアの多くが保守に傾倒していた上、オーマイニュースがスタートしたときにはまだブログという消費者発信メ ディアが普及していなかった。
 日本には「2ちゃんねる」というお化け掲示板があるし、ブログもかなり普及した。オーマイニュースを真似た市民記者型のニュースサイトも幾つか既に存在 する。そんな中へ進出してきても、市民ジャーナリズムの中心的存在になるのは非常に難しいと思う。もちろん個々人の市民記者の中にはすばらしいジャーナリ ズムを実践する人も出てくるだろうし、記事の中にはすばらしい記事も出るだろう。そういった単発的な成果を別にして、韓国オーマイニュースのように既存の 報道機関と肩を並べるような報道機関としての地位を確立することはそう簡単ではない。
 ただもちろんやり方次第で不可能ではない、と思っている。まず必要なのはプロモーションだ。ただ「サイトを作りました。皆さん、記事を投稿してくださ い」だけでは、サイトは盛り上がらない。サイトを盛り上げるためには、かなりの力技が必要になる。優秀な記者を集め、特ダネを連発し、人が集まる工夫をた くさん盛り込まなければならない。つまり金がかかるわけだ。放って置いても記事が集まるようになるまでには、かなりの資金を投入しなければならない。資金 はどうするつもりなのか、とオー社長に聞いてみた。オー社長は、出資を検討してくれる人がいる、ただまだ確定していない、と答えていた。
 市民記者型サイトにもう1つ必要なのは、テーマ、主張だ。韓国オーマイニュースは、テーマを打倒保守政治に設定することで革新派の若者の支持を集めた。 既存メディアにないテーマを全面に押し出したことで、既存メディアに不満を持つ人たちが集まったのだ。日本版オーマイニュースはどのようなテーマを掲げる つもりか、とオー社長に聞いてみた。オー社長は、「日本の既存報道機関は権威主義過ぎると聞いた。日本版オーマイニュースは打倒権威主義をテーマにするの がいいのではないかと思っている」と答えていた。
 さて今回の記者発表で僕にとっても意外だったのが、ソフトバンクが7億円近い資金を出資するということ。市民記者サイトがそれほど成長性のあるビジネスだとは、僕には到底思えない。ソフトバンクは何を考えてこれほどの資金を投入するのだろうか。今度ぜひ取材してみたい。
 一方、今後の展開で気になるのが、日本版オーマイニュースをヤフージャパンのサイトの一部にするのか、独立したサイトにするのか、ということ。ネットは リンク1つで簡単につながるわけだしヤフージャパンはソフトバンクの影響下にあるわけだから、ヤフーの中で展開しようと別サイトにしようと本当は違いは何 もない。ただ新聞業界のおじさんたちにとっては大きな違いに映る。新聞業界はヤフーに対して警戒感を強めている。ヤフーがメディアになるのではないか、報 道機関になるのではないか、という警戒感だ。紙の新聞の部数減が止まらなくなり万が一ネットが情報流通の首位に立てば、われわれはヤフーの下請け業者に成 り下がるのではないか、という恐怖感を持っている。ヤフーの井上社長や幹部が最近しきりに「ヤフーは報道機関になりません」と繰り返しているのは、新聞業 界との関係がぎくしゃくし始めた何よりの証拠だろう。
 ヤフーとしては新聞各社との関係を良好なまま保っておけば今後もニュースを比較的安く入手できる。よって日本版オーマイニュースをヤフー内には取り込みたくないだろうし、できればある程度の距離を保っておきたいだろう。
 オーマイニュースとしては、ヤフーの集客力をぜひ利用したいところだ。
 ソフトバンクはどのような戦略に出るのだろうか。ヤフーに迷惑がかからないように、オーマイニュースのプロモーションを控え目にするのだろうか。それと も、既存メディアに対抗することでオーマイニュースの存在感をアピールするのだろうか。後者の戦略を取った場合は、記者クラブへの入会を強引に希望するな ど既存メディアに対して意識的に揺さぶりをかけることだろう。
 出資金額が少なければ「控え目」戦略であると判断してもいいのだが、今回の出資額は大きいと判断すべきか小さいと判断すべきか・・・。大きいのであれば「強引」戦略に出る可能性も否定できない。

はてな近藤社長インタビュー②

▼これまでの10年、これからの10年
 近藤社長にとって、これまでの10年はコミュニケーションツールが変化した10年だった。これからの10年もその延長線上でどう変化していくのかに興味があるという。SNSにしろ、これまでは実社会の人間関係をネット上に反映させる仕組みが主だった。これからは実社会にないような人間関係、ネット上しか存在しないような人間関係のあり方というものが登場してくるのか、こないのか。
 ゲームにどっぷりとつかっている人たちは、ツールを売買できる経済圏を形成していたりと、ネット上ならではの人間関係を既に築いている、という見方もできる。ゲーマーだけでなく一般の人たちも同様のネット社会を築くようになるのだろうか。
 多分同じ関心を持つ人が小宇宙を形成するようになるんだろうけど、それは社会の分断を意味するのだろうか。
「近藤社長インタビュー 第2回音声ファイル」


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湯川的いい加減用語解説

【web2.0】簡単に言ってしまえば、ウェブが今までと変わってきたね、ということを「web2.0」という言葉で一まとめにしただけのこと。具体的には、ユーザーの情報発信がコンテンツになってきたとか、複数のウェブサイトの機能を合わせて新しいサービスを作るとか、そういったこと。もっとまともな解説は佐藤 匡彦さんのブログなどが詳しくていい。
【P2P】大きなコンピューターで集中して演算処理するのではなく、ネット上に存在する複数(無数)の余剰能力を持ったコンピューターを利用して分散処理する、とかそういうこと。もっとまともな解説は、ウィキペディアでどうぞ。
【コンシューマー・ジェネレーテッド・メディア(CGM、消費者発信メディア)】ブログとかSNSとか消費者が発信する情報が、既存メディア並みのコンテンツを出せるようになっている。企業のマーケティング担当者、広報担当者は、既存メディアだけではなく、ブログなどにも目配りしなければなりませんね、という話。もっとまともな解説を読みたい人は、藤元健太郎さんの記事をどうぞ。
【SNS(ソーシャル・ネットワーキング)】グリーとかミクシィとかいうやつです。

近藤語録

  • 「離れていても人と人が意識を通わせることができる環境にあると、人はいかに進化できるのだろう、ということに興味がある。はてなもそこのところをやっていくと思う」
  • 「実社会の人間関係を超えた人間関係って実は既にある。ゲームを一日中する人とかネットだけに生きている人が既にいる。問題は、それが何百万人というレベルに達するか。(実社会の人間関係を超えるものは)どの分野から生まれてくるのか興味がある」
  • 「同じことに関心のある人が集まって『タコツボ』化が進む。深いコミュニティーができる。そこが今までになく進化するということは容易に想像がつく」
  • 「外に開かれているかどうか。鎖国している国は続かない。壁がありながらも出入りがある必要がある。世界につながっているべき」

はてな近藤淳也社長インタビュー①

hatenakondo 今回からニフティさんの協力、富士通さんのスポンサーでポッドキャスティングを本格的に始めることにしました。これからIT業界のキーパーソンを次々と取材していき「IT業界」、「社会の潮流」を探っていきたいと思います。
 今回は、株式会社はてなの近藤淳也社長を取材してきました。

「近藤社長インタビュー 第1回音声ファイル」


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 株式会社はてな、というと、はてなダイアリーなどのサービスで有名なIT企業。詳しい説明はwikipediaなどがうまくまとめてくれている。
 僕がはてなをおもしろいと思うのは、世界的なネット上の技術動向を後追いするのではなく自分たちの考え方で進んでいるところ。日本のネット上のサービスのほとんどはアメリカのネット企業の真似だったりする。はてなも、アメリカの新しいサービスをいち早く取り入れることもあるけれど、自分たちで考えて開発したらアメリカで生まれたものとそう変わらなかったというケースが多い。
 「はてなダイアリー」もそう。日本のポータル各社がブログを導入するずっと前からブログ的な機能を持つ「ダイアリー」を運営していた。アメリカのブログの物真似じゃないので、キーワードを通じてほかのダイアリーとつながるといったような独自機能が搭載されている。
 もう一つ興味をひいたのは、シリコンバレー在住のコンサルタント梅田望夫さんがはてなの取締役になったこと。僕は梅田さんを尊敬して止まないのだが、その梅田さんがなぜこの20人足らずの会社の取締役になったのだろうかと思って、がぜんはてなに注目し始めた。
 さてインタビューさせていただいた近藤社長のことは、いろいろなところでうわさを聞いていた。「情報公開に熱い思いを持っている」「ネットを通じた集合知に絶対的な信頼を置いている」などなど。インタビューの中でも、やはりその「情報公開に対する熱い思い」が何度か出てきた。
 近藤さんの経歴はご自身のブログによると次の通り。
「近藤淳也。1975年生まれ。三重県育ち。京都に10年住んで、現在東京在住。」
CNETのインタビュー記事には次のような記述がある。「1994年に京都大学の理学部に入学し、地球物理を専攻していました。大学のときは自転車と写真に夢中でしたね。写真関連の仕事をしていたこともあります。その後、大学院へ進み、2001年7月に起業しました。」
 このほかホットワーヤードのインタビュー記事ITmediaの記事なども参考になる。ITmediaが近藤社長の奥さんの近藤令子さんをインタビューした記事もおもしろい。奥さんの話を通じて近藤社長の一面を見ることができるからだ。近藤令子さんは、はてなの広報を担当していて、今回のインタビューでもお世話になったんだけど、なんでもないような会話の中にご主人への思いが伝わってきてほのぼのとした気分になった。令子さん、ありがとうございました。
 インタビューの音声は3回に分けてお送りします。
 1回目は、はてながどんな会社かという話。近藤社長は翔泳社から「へんな会社の作り方」という本を出されたのだが、どの辺りが変なのか、という話を聞いた。
 お話の中で僕がぜひメモを残したいと思った近藤社長の発言は次の通り。

  • 「『へんな会社の作り方』とかいうタイトルつけているんですけど、変だとは思っていないんです。奇をてらっているわけじゃないんです。どうすればいいか悩みに悩んで試行錯誤した結果、有効なことは続けてやっているというだけなんです」
  • 「情報は基本的に出す。出してはいけないと理由がない限り出す」
  • 「個人間のささいな喧嘩から国家間の戦争まで、社会の嫌な部分の多くは、情報の隠蔽やコミュニケーション不足、意思疎通の少なさなどによって生じていると思うんです」
  • 「情報技術でちょっとでもいい社会になればいいなと根底で思っているから、会社としても基本的には情報は出したほうがいいに決まっていると思う。しかも安価に簡単にできる。だからいろんなことをオープンにしているんだと思います」

ネットは新聞を殺すのか「おわりに」

以下の文は、「ネットは新聞を殺すのか」(共著、2003年NTT出版)の「おわりに」の原稿です。

おわりに

 夜の9時を過ぎても若者の熱気でむんむんする渋谷のマクドナルドの2階。わたしの目の前には大畑滋生記者が座り、パソコンに向かって一心不乱に原稿を書いていた。おしゃべりに夢中になっている周りの華やかな雰囲気の中で、背広姿のわれわれ二人は明らかに場違いだった。
 大畑記者は入社1年目。いわゆる「1年生記者」だ。やる気いっぱいはいいのだが単純なミスが目立ち、デスクに迷惑をかけることが何度かあった。そのためデスク連中からは「おおはた迷惑」という不名誉なあだ名までもらっていた。
 マイクロソフトのビル・ゲイツ会長が渋谷で開いた記者会見に出席したあと、マクドナルドで原稿を書き携帯電話で原稿を送ることにしたのだった。「おおはた迷惑」記者一人に大物ビル・ゲイツの取材を任せることに不安を感じたデスクが、わたしに「お目付け役」を命じたのだ。
  米シリコンバレーでの取材経験の長いわたしにとってビル・ゲイツは最も頻繁に取材した人物の一人。来日したからといって何も珍しいことはなかった。しかし 大畑記者にとっては世界一の大富豪ビル・ゲイツと同じ空間に存在できるということが何よりうれしかったようだ。わたしのプレスパス取得の交渉から席の確保 まで、大畑記者はてきぱきと動いた。質疑応答の際には手をまっすぐ上に伸ばしていたが、ついに指名されることはなかった。
 「おい、大畑」。マクドナルド店内で夢中で原稿を書く大畑記者に声をかけてみた。返事はない。
 もう一度「おい、大畑。仕事はおもしろいか」と声をかけた。
 大畑記者は顔を上げた。そして顔いっぱいに微笑んだ。「はい、おもしろいです。非常に、非常に、おもしろいです。こんなにおもしろい仕事はほかにないです」。

 わたしも同感だ。この仕事を始めたころは、こんなにおもしろいのに給料をもらっていいのだろか、とまで思った。現場の記者時代には、まわりの勤め人が週末を喜ぶ理由が理解できなかった。週末には「早く月曜日になればいいのに」「早く仕事に戻りたい」などと思った。
  わたしは正規の試験を受けて時事通信社に入社したわけではない。高校卒業後に米国に留学し、サンフランシスコで地元の邦字新聞社に就職。その後エコノミス トになりたくて大学に戻ったら、勉強すること自体がおもしろくなり、国際関係学からマルクス経済学、レズビアン史まで、でたらめに単位を取りまくってい た。その一方で、アルバイトとして、時事通信サンフランシスコ支局に勤めた。仕事内容は、進出企業向けのニュースレター「時事速報」の配達だった。
 午前3時に起床し支局に行きニュースレターを印刷。4時半ごろから配達を始めた。新聞少年のようなものだった。
 昼間は、当時の特派員の勧めで、翻訳を手伝うようになった。その後、取材の助手を務め、気が付けば自分で取材をし、記事を書いていた。
 夜は夜で、毎日大学に通った。
 睡眠時間は1日平均3時間程度。15分でも空き時間があればいすに腰掛けたままむさぼるように眠った。
 週末になれば、悲しくもないのに涙が出た。極限状態を続ければ、心ではなく身体が泣くということを、初めて知った。
 30歳過ぎまでこうした状態を続けていたと思う。その後は特派員が会社に内緒で「記者」の肩書きの名刺を作ってくれ、記者の仕事に専念するようになった。それでも、社内的には速報配達員のままだった。
 給料は低く、社会的地位はゼロだった。特派員に対して愛想を振りまくのに、わたしとは言葉を交わそうとしない外務省の役人もいた。
  親身になって転職を勧めてくれる人が何人かいた。「もっとプライドを持たなきゃだめだよ」「人間、夢をあきらめることも必要だよ」「少しは将来のことを考 えないと」とアドバイスしてくれる人もいた。親身なアドバイスを頑なに拒否したわけではない。人並みのプライドを持っていないわけでもない。将来に不安を おぼえなかったわけでもなかった。ただ報道という仕事が好きで好きで仕方がなかっただけだった。
 脳みそがとけるのではないかと思うほどの炎天下のメキシコの砂漠の中にある日系企業の工場の前で「張り番(取材対象が出てくるまで待ち続ける仕事)」をしたときも、ペルーの兵士に銃を向けられ身の危険を感じたときも、この仕事をやめたいとは思わなかった。
 歴史的な出来事を実際に体験できること、すばらしい人物に会って話を聞けることは、この仕事ならではの醍醐味だ。特ダネを取ってきたときに「落ち着け、落ち着け」と自分に言い聞かせ、震える手で原稿を書くときの興奮は、まるで麻薬のようだ。
 確かにわたしは地方支局での「サツ回り(警察担当)」の経験もないし「夜回り(夜に取材対象の自宅前で待機し、取材対象の帰宅を待つこと)」の経験もない。でも、報道の仕事を愛する気持ちはだれにも負けないと思う。
  自分が半生をかけて愛してきた新聞記者という仕事が、インターネットの登場でどう変わろうとしているのか。それを知りたいがためにこの本の取材を続けた。 もしこの本の読者の中に、わたしが新聞の仕事を軽視していると受け止められた方がいれば、それはその方の誤解である。大事に思っているからこそ、客観的に 先行きを読もうとしたつもりだ。「紙の新聞がなくなればいいのに」などと思ったことなど一度もない。
 この本は、訳書を除けばわたしにとって最初に出す本である。編集委員という自由に取材できる立場になって、ようやく念願の本を出すことができた。この場を借りて、これまでお世話になった方々に感謝の意を述べたい。
 わたしが時事通信の本社採用の社員に正式になったのは41歳のときである。保守的な新聞業界の中では異例中の異例の出来事だといえる。わたしを受け入れてくれた時事通信社の寛大さに感謝したい。
 実際には、配達員、編集助手、支局スタッフ、米国法人社員、本社通信員という段階と時間を経て本社社員になった。自分から頼んだことは一度もなかったが、周りがわたしの待遇を少しでも改善しようと尽力してくれた結果だった。
 保守的な業界なので、社内の反対には相当なものがあったようだ。わたしの名前を職員名簿に載せることにさえ反対の声が上がったと聞く。それでも多くの人がわたしを支援してくれた。自分の社内的立場が悪くなろうとも、気にせずにわたしを推してくれた人もいた。
 お世話になった人の数が多すぎて全員の名前をここに挙げることは到底できない。あえて一人挙げるとすれば、時事通信社会部の橋詰悦荘記者だ。橋詰記者の正義感の強さ、特ダネをかぎ分ける動物的な勘、あやしいところを徹底的にたたく手法には、学ぶところが多かった。
  この本を書くに当たり原田泉氏を始めとする国際社会経済研究所の皆さんには大変お世話になった。共著者の青木日照氏とは楽しく二人三脚で仕事ができた。広 報経験の長い青木氏は取材される側の視点、わたしは取材する側の視点を提供し、二人の間でバランスのある議論ができたと思う。
 またいつも心の支えになってくれている妻と息子にも礼を言いたい。
 最後に、日本を飛び出したまま20年も戻らなかった落ちこぼれ息子を辛抱強く応援し続けてくれた大阪の両親に対し感謝の言葉を述べたいが、今の気持ちを表現できる言葉を見つけることができない。

すごいと思う人たち

 ホリエモン関連については理論武装をしっかりしないと心ない人たちから揚げ足を取られるだけなんで控えてきたけど、佐々木俊尚さんや歌田明弘さんといった僕が日ごろから尊敬するジャーナリストがやはり立派な言論を展開している。どちらの記事にも激しく同意。

モラル社会を取り戻せ?

よくわからないけど、ともかくホリエモンは悪い‥‥のか?

再開します

 すみません。このブログを長い間放置しておりました。更新は何ヶ月ぶりだろ。この間に日本経済新聞さんがが「ビジネスに使えるブログ」として紹介してくれていたりして・・・。日経さん本当にごめんなさい。実はポッドキャスティングを正式に始めるために社内外で協議していたんです。ポッドキャスティングは近日中に再開です。明日は、株式会社はてなの近藤社長を取材します。取材の模様を録音し、ポッドキャスティング向けに編集するつもりでもあります。
乞うご期待。